最後に一言話したかった。でも話せなかった

記事
コラム
最初の離婚は、調停までいきました。

もう何十年も前のことなので、細かいやり取りまでは覚えていません。

ただ、最後の場面で、

「一言、話したい」

と思ったことだけは覚えています。

何を言いたかったのか。

正直、今ははっきり覚えていません。

謝りたかったのか。

何か聞きたかったのか。

それとも、ただ最後に言葉を交わしたかっただけなのか。

今の僕が勝手に理由をつくることはしたくありません。

ただ、

「何か言いたかった」

という感覚だけが残っています。

でも、結局話しませんでした。

話せなかった、というほうが近いのかもしれません。

それまで僕は、妻が何を言っても聞こうとしませんでした。

自分の中で、

「もう終わり」

と決めていた。

話を聞かなかった。

自分の気持ちも話さなかった。

そのまま離婚のところまで来てしまった。

なのに最後になって、

「一言話したい」

と思った。

今考えると、勝手ですよね。

相手が話そうとしていたときには聞かなかったのに、自分が話したくなったときには話したいと思う。

当時の僕は、そんなことまで考えていなかったと思います。

結局、何も言わないまま終わりました。

それから長い時間が経ちました。

だからといって、

「あのとき話していれば人生が変わっていた」

とは思いません。

何を話したとしても、離婚はしていたかもしれない。

むしろ、その可能性のほうが高かったのかもしれません。

今となってはわかりません。

ただ、言わなかった言葉って、妙に残ることがあります。

内容は忘れているのに、

「何か言いたかった」

ということだけは残っている。

不思議ですよね。

あの頃の僕は、夫婦の間で大事なことをほとんど言葉にしませんでした。

嫌だったことも。

自分の考えも。

相手に聞きたかったことも。

そして最後まで、そのままでした。

もっと早く話していればよかったのか。

もっと相手の話を聞いていればよかったのか。

それも今さらわかりません。

ただ、最後の調停の日、

僕は一言話したいと思った。

でも、話しませんでした。

何を言いたかったのかさえ、今はもう思い出せません。

それでも、

話したかったのに話せなかった。

そのことだけは、ずっと覚えています。
サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す