何を言われても、もう聞く耳を持っていなかった

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一度気持ちが切れてから、僕は妻の話をほとんど聞こうとしなくなりました。

何か説明されたこともあったと思います。

妻なりに言いたいこともあったはずです。

でも、僕の中ではもう結論が出ていた。

「もう無理」

「もう終わり」

そこから先の言葉を受け取る気がなかったんだと思います。

今考えると、話し合いになっていませんよね。

相手が何を言っても、自分の中では答えが決まっている。

だから、聞いているようでも聞いていない。

いや、たぶん僕の場合は、聞いているふりすらしていなかったんじゃないかな。

当時の細かな会話は、もうほとんど覚えていません。

何を言われて、僕が何と返したのか。

そこは曖昧です。

ただ、

「何を言われても聞く耳を持っていなかった」

ということだけは覚えています。

僕の中では、もう結論が出ていました。

だから、

「もう話を聞かなくていい」

くらいに思っていたのかもしれません。

でも今になって考えると、話を聞くことと、許すことは別だったんですよね。

話を聞いたからといって、離婚しないと決めなければならないわけではない。

相手の言い分を聞いたからといって、自分の気持ちを変えなければならないわけでもない。

ただ聞く。

それだけでもよかった。

当時の僕には、それができませんでした。

というより、しませんでした。

ここは「若かったから」で済ませたくないところです。

若くても、相手の話を聞ける人はいるでしょう。

僕は聞かなかった。

それが事実です。

話を聞いても、結論は変わらなかったかもしれません。

それでも離婚していたかもしれない。

それは今となってはわかりません。

でも、結論が同じだったとしても、そこまでの過程は違ったかもしれない。

相手が何を考えていたのか。

自分は何を考えていたのか。

なぜここまで夫婦関係がこじれたのか。

そんな話を一度くらいしてもよかった。

でも僕は、それをしなかった。

自分の中で結論を出して、そのまま前に進んだ。

当時は、それで終わったつもりだったんだと思います。

でも今になって昔のことを思い出すと、

「もう少し聞いてもよかったんじゃないか」

と思うことがあります。

離婚しなければよかった、という意味ではありません。

あの離婚が正しかったのか、間違っていたのか。

今さらそんなことは決められません。

ただ、

相手には相手の言葉があった。

それを僕は聞かなかった。

そのことは残っています。

何を言われても、もう聞く耳を持っていなかった。

あの頃の僕は、自分の気持ちを閉じたまま、離婚へ進んでいきました。
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