僕は、人に嫌われるタイプだったのかもしれない

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コラム

僕は昔から、友達が多いほうではありませんでした。

もちろん、友達がまったくいなかったわけではありません。

一緒に遊ぶ人もいたし、飲みに行く人もいた。

会社に行けば社員もいる。

仕事を通じて知り合った人もたくさんいました。

でも、

「何でも話せる人は?」

と聞かれたら、ほとんどいなかったと思います。

なぜだったんだろう。

最近、昔のことを振り返りながら、そんなことを考えるようになりました。

社長の息子だったから。

立場があったから。

そういうこともあったと思います。

でも、それだけじゃない。

たぶん僕自身にも、人を遠ざけるようなところがあったんでしょうね。

人の気持ちがわからない。

自分の考えを優先するところもあった。

最初の結婚では、一度気持ちが切れてから、相手の話を聞こうともしなかった。

自分では普通に話しているつもりでも、相手からしたら嫌な言い方をしていたこともあったと思います。

若い頃の僕は、そんな自分にあまり気づいていませんでした。

「俺は俺」

みたいなところもあった。

だから、人が離れていっても、

「合わなかったんだろう」

くらいにしか思っていなかったのかもしれません。

でも今になってみると、少し違って見えます。

僕が人を信用しなかったというより、

僕自身が、人から心を開いてもらえるような人間じゃなかったのかもしれない。

これは結構、痛いです。

だって、

「相談できる人がいなかった」

と書くと、なんとなく自分だけが孤独だったように聞こえるでしょう。

でも、相手からしたらどうだったのか。

僕はその人の話をちゃんと聞いていたのか。

困っている人がいたとき、

「どうした?」

と声をかけていたのか。

正直、よく覚えていません。

自分は心を許せる相手がいなかった。

でも、自分だって誰かにとって心を許せる相手ではなかったのかもしれない。

そう考えると、全部つながってくる気がします。

夫婦関係でも同じでした。

僕は、

「わかってほしい」

と思っていた。

でも、自分は相手のことをどれだけわかろうとしていたんだろう。

今の僕が昔の僕を見たら、

「お前、もう少し人の話を聞けよ」

と言うと思います。

でも当時はわからなかった。

本当にわからなかったんです。

だから今さら、

「あのとき、こうしていれば」

と考えても仕方がない部分もあります。

それでも、ときどき思います。

僕は、人に嫌われるタイプだったのかもしれないな、と。

いや、今もそういうところは残っているかもしれません。

自分では、自分のことって案外わからないですからね。

ただ昔よりは、

「自分にも原因があったんじゃないか」

と考えるようにはなりました。

それでも、自分では自分のことって案外わからないですからね。
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