ずっと認められたかった。。。。母に。本当は「自分自身」に

ずっと認められたかった。。。。母に。本当は「自分自身」に

記事
コラム
「承認欲求」
それは少なからず誰にもあるものなのだろう


けれど、私にとって
「認められる」とは

「私がここにいていい理由」であり

そして
「私が生きていていいという証」だった



だから、私は生きるために

イイコでいることを選んだ
出来る自分であるように努めた


周りの顔色を見て
周りにあうように

ぎゅーっとぎゅーっと
自分を押し込めて

ただただ私の周りが平穏であればと

飲み込んだ言葉
わからなくなっていく自分の感情


それでも
私は生きたかった


そして 心のどこかで
私を生きることを諦めきれなかった。




大学で皆に置いて行かれるような気がして
出来ない自分に失望して
この世を去ろうとしたことがあったり

なんとか就職しても
ミスばっかりする自分なんか
いないほうがいいって責めたり

憧れたものに追いつけなくて
最初からやらない方が楽って
目を背けたり


そのたびに
いろんな出会いがあって
たくさんの人やものに助けてもらいながら

おかげさまで

無事、大学が卒業できて

メンタルクリニックに通いながらでも
働ける環境があって

自分の気持ちを言える人たちに出会えて



・・・それでも消えなかった
「認めてほしい」気持ち。


「認めてもらうには、証が必要だから」

私はすごく拘っていたけれど


どうして、その証が必要って

それがあれば、周りの人も納得するでしょって。
いわゆる自分を守る鎧を探していて

弱い私を守りたかったんだ。

そして、その根底には
母に認めてほしい気持ちにあふれていて


・・・・本当は無条件に愛されたかったのだ。



でも、母も他人だ。

母のことは大好きだけれど
母と私は違うから


いいんだ。

私は私を生きていいんだ。

弱いかもしれないけれど
周りになんといわれても

私は
私のやりたいことを
表現したいことを
やっていいんだよ。


そう、自分に言えた時

溢れる涙とともに

鎧がなくとも
自分で自分を守れる強さに
変わった気がする。



私が私を認めてくれるようになって
心強く、気持ちも楽になった


完全に承認欲求がなくなったか、というと
そういう訳ではないし

やっぱり、時々以前のように
周りを気にする自分はいるけれど

そういう時は 
私にとっては少し疲れている時

そう気づけたから大丈夫。


「私は私のために やっている」
そう言える自分になれたこと

私を生きられること、とても幸せだと思う。


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