服がないから買いに行くのに、その服を買いに行くための服がない。
なんという矛盾だろう。
クローゼットを開ければ、服はある。
一応、着られる服もある。
昨日まで普通に着ていた服もある。
なのに、いざ出かけようとすると、
「何を着ればいいんだろう?」
となる。
服がないわけではない。
むしろ、そこそこある。
ただ、なんとなく今の自分にしっくりこないのだ。
昔は気に入っていた服なのに。
昔はこれを着れば、とりあえず安心だったのに。
久しぶりに袖を通して鏡を見ると、
「なんか違う。」
となる。
サイズが合わなくなったわけでもない。
派手すぎるわけでもない。
ものすごく古い服でもない。
それなのに、妙に似合わない。
鏡の中にいる自分と、服だけが別々の時代を生きているような感じがする。
こういうとき、私は少し困る。
新しい服を買おうと思う。
でも、新しい服を買いに行くための服がない。
■昔似合っていたものが、突然似合わなくなる
服だけではなくて、生き方も同じなのかもしれない。
若い頃は、
仕事はこうするもの。
結婚したらこうするもの。
子どもができたらこうするもの。
会社ではこう振る舞うもの。
大人とはこういうもの。
そんなふうに、ある程度「型」があった。
もちろん窮屈なこともあったけれど、とりあえずその型に入っていれば、それなりに生活は回った。
だから、あまり考えなくてもよかった。
似合うかどうかは別として、とりあえず着られる制服のようなものがあった。
ところが、人生の途中で突然、それが似合わなくなることがある。
仕事は嫌いではない。
でも、このまま続けたいかと聞かれると分からない。
家族は大切。
でも、家族のためだけに生きるのも少し違う気がする。
昔は気にならなかった人間関係に、妙に疲れる。
以前なら我慢できたことが、我慢できなくなる。
ふと、
「私、このままでいいのかな」
と思う。
何か大きな事件が起きたわけではない。
会社をクビになったわけでもない。
家を飛び出したわけでもない。
人生が完全に破綻したわけでもない。
むしろ、一見すると普通に生活できている。
だから余計に説明しづらい。
今の人生は、一応着られる。
でも、似合わない。
そんな感覚なのかもしれない。
■「これから何を着ればいいのか」が分からない
厄介なのは、今までの生き方が似合わなくなったからといって、次に何が似合うのかは、すぐには分からないことだ。
仕事を辞めたい。
では、何をしたいのか?
分からない。
人間関係を整理したい。
では、どんな人たちと付き合いたいのか?
分からない。
今の生活を変えたい。
では、どんな生活をしたいのか?
やっぱり分からない。
ここで、よく止まる。
次の答えが見つかるまで、今の場所にいようとする。
「やりたいことが見つかったら動こう。」
「自信がついたら始めよう。」
「準備ができたら転職しよう。」
「ちゃんとした計画ができたら人生を変えよう。」
でも、その「ちゃんとした答え」は、なかなかやってこない。
新しい服を買いたいのに、
「まず、新しい服を買いに行けるくらいの服を用意しなくては」
と言っているようなもの。
たぶん、ここに人生のちょっとした罠がある。
■全部着替えなくてもいい
人生を変えるというと、ものすごく大きなことを想像してしまう。
転職する。
独立する。
引っ越す。
離婚する。
結婚する。
何かの資格を取る。
まったく新しい人生を始める。
でも、新しい服を買うときだって、クローゼットの中身を全部捨てる必要はない。
最初は一着でいい。
例えば、
今まで選ばなかった色のシャツを一枚買ってみる。
少し形の違うパンツを試着してみる。
今まで入ったことのない店に入ってみる。
すると、その一着をきっかけに少しずつ変わっていく。
このシャツには、この靴の方が合うかもしれない。
このパンツなら、こっちのバッグがいいかもしれない。
髪型もちょっと変えてみようか。
そんなふうに、一ヶ所変わると、次の一ヶ所が見えてくる。
人生も同じだと思う。
いきなり仕事を辞めなくてもいい。
求人サイトを見るだけでもいい。
副業について調べるだけでもいい。
習い事の体験に申し込んでもいい。
ずっと気になっていた場所へ、一人で行ってみてもいい。
会いたかった人に連絡してみてもいい。
SNSのアカウントを作るだけでもいい。
それが、自分にとっての「一着目」かもしれない。
■似合うかどうかは、着てみないと分からない
若い頃は、
「自分にはこういう服が似合う」
と思っていた。
でも年齢を重ねると、その思い込みも変わる。
絶対似合わないと思っていた色が、意外と似合ったりする。
逆に、ずっと似合うと思っていた服が、急にしっくりこなくなることもある。
人生でも同じことが起きる。
「私は人前に出る仕事は向いていない」
と思っていた人が、教える仕事を始めてみたら意外と楽しかったりする。
「私は会社員しか無理」
と思っていた人が、副業を始めたらそちらの方が性に合っていたりする。
逆に、
「これが自分の天職だ」
と思っていた仕事が、ある時期から苦しくなることもある。
だから、
「私はこういう人間だから」
という自己紹介を、時々書き換えてもいいのだと思う。
人はずっと同じではない。
似合う服が変わるように、
似合う場所も、
似合う働き方も、
似合う人間関係も、
似合う生き方も変わっていく。
■人生の試着室
では、今の自分には何が似合うのだろう。
これが分からない。
分からないから迷う。
私自身、占いというものは、こういうときに使うものでもあると思っている。
未来を全部決めてもらうためではない。
「あなたはこの仕事をしなさい」
「この人と結婚しなさい」
「今年中に会社を辞めなさい」
そんな命令をもらうためでもない。
むしろ、
自分にはどんな性質があるのか。
どんな環境なら力を出しやすいのか。
今は動く時期なのか、それとも整える時期なのか。
これまで当たり前だと思っていた生き方が、本当に自分に合っているのか。
そういうことを確認するためのものだと思っている。
言ってみれば、
占いは人生の試着室みたいなものなのかもしれない。
いきなり買わなくてもいい。
いきなり人生を全部変えなくてもいい。
まず着てみる。
鏡を見る。
「これは違うな」と思ったら戻せばいい。
「あれ、意外と悪くないかも」と思ったら、少し先へ進んでみる。
そうやって、自分に似合うものを探していけばいい。
■今の自分に似合う一着
「服を買いに行く服がない。」
もし今、人生について同じような気持ちになっているなら。
変わりたい。
でも、何から変えればいいのか分からない。
今のままでは嫌だけれど、次に行く場所も分からない。
そんなときに必要なのは、
完璧な人生設計ではないのかもしれない。
まずは一着。
今の自分が無理なく着られる、新しい一着を探すこと。
人生なら、
小さな選択を一つ変えてみること。
そして、
「今の私には、何が似合うんだろう」
と、自分のことをもう一度見てみること。
私は鑑定でも、その人の人生を決めるのではなく、
その人がもともと持っている性質や強み、これから流れが変わりやすい時期を見ながら、
「今のあなたなら、どんな生き方が自然なのか」
を一緒に探しています。
昔似合っていた人生が、最近なんとなく似合わなくなってきた。
そんなときは、
そろそろ新しい一着を探す時期なのかもしれません。