「現実創造の正体は、大根だった。」その②~泥を洗うのは優しさ~

「現実創造の正体は、大根だった。」その②~泥を洗うのは優しさ~

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コラム
こんにちは、松河と申します。
ココナラさんで占いや人生相談のメニューを提供しております。

私、松河はですね、お野菜大好き!でして、産直市場にも行きますし、農家さんに出向きますし、知人からお野菜のお裾分けを頂くこともあります。
泥が付いているお野菜もですね、もちろんあります。
私は大ウェルカムなんですが、そんな人はごく一部で、泥がついていないお野菜の方が人気なんですよね。

【あなたはどんな大根ですか?】

泥付きのまま、「これが私!」と突撃していませんか?
ピカピカに磨きすぎて、自分の栄養分まで落としていませんか?

今日はそんな“自己表現”の話を、大根で語ります!!

【立派な大根には、泥がついてる】

畑からもぎたての大根は、泥付きで菜っ葉もワサッと付いています。
味も香りも栄養も、そのまんま詰まってて、私からしたら「たまらんぜ!」
ですが、そのままやとスーパーには並べられないですよね。

【「ちょっと洗う」は、妥協じゃない】

泥を流すのは、決して自分を偽るためじゃないんです。
手に取ってもらいやすくする工夫なんですね。

忙しいママたちが買ってくれるかもしれない。
泥を落としておけば、ママたちの助けになりますよね。

「相手のために自分を整える」は、サービス精神なんです。
毎日バタバタなママさん、疲れてる会社員…

ほんの少しでもあなたが提供する“手に取りやすさ”は、優しさです。

【菜っ葉は落とさなくてもOK】

あなたの“強み”=大事な栄養は、そのままでOKです。
皮も剝かなくていい。
自分の根っこ、全部洗い流す必要はないんです。
「実はこれ、めっちゃ栄養あるんですよ」
「菜飯にしたら、最高に美味しいんですよ」
「大根の皮って栄養たっぷりで、きんぴらに出来ますよ」って
伝える工夫をすればいいんです。

まとめ

泥を洗うこと=伝えるために整えること
手に取ってもらいやすくすることは、優しさです。
葉っぱや皮も美味しく食べられることを、分かりやすく伝える。
“泥を洗うのは愛”ですね。
最後までお読みいただき、ありがとうございました😊
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