パーキンソン病の不安へのメッセージ

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占い
こちらは3件目のチャネリングサービスのトークルーム紹介記事になります。

購入を検討している方や、どのようなやりとりがされているのか気になる方の参考になればと思い、作成しました。

相談者の方には公開の許可を得ており、内容の具体的な部分や個人が特定される可能性のある部分については改変してあります。

相談内容はパーキンソン病とアトピーから来る病気への不安と恐怖に対してどう生きていけば良いかという質問です。



【C様からの返信】
こんばんは。
前回は色々お世話になりました、Cです。


今回の質問なんですが、また子どもに関することになります。
主人の父はパーキンソン病になりました。
千人に1人の難病らしいですが、割と確率が高い難病ですよね。


義父はもう亡くなっていますが、その後主人もパーキンソン病になりました。
高齢者に多い病気なので、50歳すぎたくらいで発病した主人は若いほうです。今主人は薬を飲みながら仕事を続けています。


遺伝性の病気ではないのですが、若くして発症するとパーキンソン病の遺伝子がある可能性もあるらしいです。
このままだと息子もいずれパーキンソン病になってしまうのではないか、という恐れが私にあります。


主人の父も主人も息子も、アトピー体質なんです。
3代続いて同じ道を進んでしまうのか、怖いです。


私は何とかここでこの因果を食い止めたいと思うのです。
それこそ、私がなんとかしてあげたいと前回と同じやりとりになってしまいそうな気がします。
そんなおこがましいことをまだ言っているのかと。


ただこれに関しては私ができることは今のところ何もないのです。
せめて息子が発症しないで生きていければと思います。
こんな遺伝子を持ったのが運命だと思い流れに逆らえないのか、いい方向に舵を切ることができる気持ちの持ち方や生き方があるのか、教えていただきたいです。


◯◯様から見ると病気とはどういうことなのか、何か気づきを得るためなのか、カルマの解消なのか、生き方の結果なのか。
どうぞ教えていただきたく、よろしくお願いします。




【私からの返信】
C 様
お久しぶりです!
また購入して下さりありがとうございます。
(*`・ω・´)


パーキンソン病ですか・・・
お義父さんにもご主人にも発症したのであれば、それは怖いと感じるのも無理ありませんね・・・
(´-ω-`)


チャネリングで聞いてみますが、
私が病気に関するスピリチュアルな意味を調べる時に使っている辞書的な本で、
リズ・ブルボー氏の『自分を愛して!』という本があります。
パーキンソン病のページを調べてスクショしたので、
送っておきますね。
何か参考になるかもしれません。
(*`・ω・´)


それから、
アトピーについてはその後、クライアントさんでアトピーを完治させた方が情報を下さって、
丹羽耕三という先生の開発した丹羽療法という治療法がとてもよく効くようです。


年に一度通院したら後は薬を塗るだけのようで、
神奈川、愛知、大阪、高知、福岡に診療所があるようです。
ココナラの規約違反になるので外部サイトのリンクは貼れませんが、
『アトピー 丹羽療法』で検索すると出てきます。


本も何冊か出ていて、メルカリやAmazonの中古なら500円程度で手に入るので、読んで信頼できるかどうか確認してみてもいいかもしれません。




【C様からの返信】
林さま
色々な情報を教えていただきありがとうございます。
パーキンソン病、そういう性質からくるのですね。


間違うことを恐れる息子なのでますます発症する可能性が高いのではないか、と思ってしまいました。
自分は完璧じゃなくてもいい、と主人や息子に思ってもらうにはどうしたらいいのか、私に何かできることはないのか、悩みどころです。


そしてアトピーについても気にしていただきありがとうございます。
丹羽療法知りませんでした。
まずは本を手に入れて読んでみます!




【私からの返信】
C様
こんにちは(*´ω`*)


チャネリングでメッセージを降ろす前に、C様のお話を聞かせて欲しいです。
というのは、チャネリングメッセージを送ってしまうとサービス終了になるので、
C様が抱える不安や葛藤などを吐き出す機会も終わってしまうんですよね。


なかなか人に気軽に相談できる内容でもないですし、
相談したからといってすぐに問題解決するものでもありませんから、
内に溜め込んでしんどい思いが蓄積していないか心配なのです。
(´・ω・`)


病気はすごくすごく嫌なものですが、
人には病気になる権利があるんです。
これ言うと結構まずいので仲間内でしか言いませんが。
(´-ω-`)


病気になることで成長したり、気づきを得たり、医学や人の優しさに感謝したり、身体を大事にするようになったりします。
病気から得るものがあって、それは他では得難い貴重なものであることが多いです。


プロのスポーツ選手が極限の世界で得るものがあるように、
ヒマラヤ登山で生死の境で得られるものがあるように、
『別にそんなことまでして得ようとしなくてもいいでしょう』
と思うようなことを経験して成長しようとする魂は結構な数でいるのです。


病気とか事故とか、被災とか障害とかで学びを得るを体験するのと、
結婚とか出産とか、仕事とか遊びとかで学びを得る体験をするのは、
実は同列なんです。


パーキンソン病が存在することで、考えたり、悩んだり、学んだり、気づいたり、成長していることがあってしまうのです。
(´-ω-`)


より高次の次元から見た場合、病気や遊びは同列の扱いなんです。
何が良くて何が悪いという価値判断がないので。
『この体験によってこれが得られる。』
『この体験によってこのように成長する。』
そういう違いでしかないんです。


インドカレー食べたら辛い。
チョコレート食べたら甘い。
ぐらいの違いなんです。
体験によって起こることが違うだけという。


なので、学びが完了すれば出来事も終わるんです。
誰かを憎んでいるとずっと嫌な存在として居座るくせに、
心から許すと急にその人が良い人に変わったりするのは、
【許す】という学びが終わったからなんですね。


ですから、
C様がどんな風に悩んでいるのか、
困っているのか、
何か聞いて欲しい感情があるのか、
思うままに自由に話してみて欲しいのです。


特に何から話せばいいかわからない場合は、
こちらから質問するので、また言って下さいね。
(*`・ω・´)




【C様からの返信】
ハヤシさま
ありがとうございます。


病気になる権利がある、なるほど。
遊びも病気も体験でしかない、とは驚きの言葉ですが、
確かに上の次元から見ると同じ体験のひとつなんですね。
楽しくても辛くてもこの人生で体験する貴重な機会。


私の悩み、あるようでないような。
でもなかなか自分について内観することもなかったので、夜時間が取れたらこちらに書いてみたいと思います。


2時間後


ハヤシさま
少し色々考えてみました。
私は何かしらの原因が欲しいのかもしれません。


以前息子が不登校の時にカウンセラーさんから言われました。
『家庭内で起こることは全てお母さんにかかっている』と。
なので不登校になってしまったのは私の対応や接した方に原因があると。
家庭では母の存在は太陽のような存在で絶対的なものだそうです。


そのカウンセラーさんによると、父親の役割はほとんどないそうです(◞‸◟)
なので何かあると私は自分がまずいことをしたか、気にしてしまいます。
わたしのせいか、何かブレたことをしたかなと。
家族に責任を感じているんですね。


そしてみんなもそうでしょうけれど、昔から人の機嫌が悪いのが嫌なのです。
機嫌の良し悪しが気になってしまって人に気を遣っています。
なので今は家庭内に、家の中に私の神経を張り巡らしているような感じです。
家族に気持ちよくいて欲しいのです。


だから病気になる権利があるとわかっていても、家族が苦しむのは私も辛いです。
苦しむ体験を本人がしたくて病気を選んだのかもしれないけれど、現実ではそんなことを望んでいないですよね。
この世のことはほんのひとときかもしれませんが…。


そして私が色々悩むことは自分のことじゃなくて家族のことなので、本人達に何とかしてもらうしかないのです。
結局私は何もできないんですよね。
書いているとそう分かるのに、不安で何かに頼りたくなってしまっているんです。


本人が選んだ道だから私には見守るしかできないのがもどかしいです。
いっそのこと私が何かして良くなるなら、お百度参りでも(古いですね)滝に打たれるでも、そんなことなら解決も簡単なんですけれど。


そしてついでに私の昔からの悩みを聞いてください。
人を愛する、ことが分かりません。
好きとか大事とかではない、愛するってどういうことなのか、この年になってもピンとこないんです。


自分の性格的に淡白だからかなとも思うのですが。
愛がわからないなんて青くさいことを言って恥ずかしいけれど、なんか昔からの課題みたいに気になります。


結婚するまでは自分の好きなことをして好きなように生きてきました。
結婚してからは、子育てもあり自分のためにというよりは家族優先で、家族のことを常に気を揉んで生きてきました。
愛情というより責任感みたいな気がします。


例えばキリスト教徒がキリストに対して持っている絶対的な気持ちみたいなもの、年を取ってもお互い信頼しあっている仲のいい夫婦、愛について私のイメージするものはなんだか西洋的なものになってしまいますね。


西洋は愛情をオープンに表現するけれど、日本だとあまりそんなことはないからかしら。
そんな姿に私が憧れを持っているのかもしれません。


私たちの愛と◯◯様の愛とではどこか違うのでしょうか。
神様たちの愛は広くて深くて果てしない熱量みたいなイメージがありますが、どうなんでしょうか。


とりあえず今日はここらへんで切ります。
何だか話がとっ散らかってますね。
自分でも何が言いたいのかよく分からないので思いつくまま書いてしまいました。



【私からの返信】
とてもいい感じです!
全然散らかってて大丈夫です。
⸜(*ˊᗜˋ*)⸝


いろいろ考えてたくさん書いて下さってありがとうございます!
家庭内で起こることが全てお母さんにかかっているとか、
そんなことないんですけどね・・・
(;・∀・)


お母さんにできることもできないこともあって、
お母さんがうまくやればどんな問題もなんとかなるわけでもないし、
お母さんがうまくやらなかったから問題が起きるわけでもないんです。


お父さんが太陽のような家も普通にありますし、
そのカウンセラーは価値観や思考が偏っていると思いますね。
そういうケースしか目撃して来なかったのかもしれませんけど。
(*´-Д-)=3


なるほど、だからそんなに強い責任感で張り詰めて頑張っていらっしゃったんですね・・・
(´+ω+`)


家庭内で何が起きてもC様のせいだなんてことはないです。
世のお母さんは仕事したり家事してるだけで十分に役目を果たしてます。


家事なんて下手すりゃ仕事より大変ですし、
年中無休ですし、給料出ないし、感謝も手伝いもあんまりされないし、
ブラック過ぎますから、
十分過ぎるほど頑張ってるんですよ。
(´-ω-`)


人を愛することの感覚は、
相手がどんな状態であっても大切に思うなら、愛していると言えます。


言うことを聞いてくれなかったり、冷たくされたり、
嫌なことがあったりしても、
相手に消えて欲しいとか、
良い方向に変わらないと許せないとか思わない。


自分に都合の良い面だけではないけど、
その人の存在そのものがあってくれて良かった、
と思うような感覚です。


住んでる家に例えて話すと、不便だったり古かったりするから早く出て行きたいと思うなら愛してなくて、
どんな状態であってもこの家に住むことが好きと感じるようなら愛しています。


条件付きの好意や肯定は愛ではなくて、
無条件の好意や肯定が愛と考えるとわかりやすいかもしれません。


◯◯様の愛はC様のイメージする通りで、
広く深く果てなく、あらゆる存在をそのまま肯定するような愛です。


対象が1人かすべてかの違いはありますが、
我々が1人の人を愛するのと同じ愛ですよ。
多分C様も知ってますし、実践もしてる感覚だと思います。
(*´ω`*)




【C様からの返信】
ハヤシさま
私のごちゃごちゃとまとまりのない文章に丁寧なお返事をいただき、ありがとうございます。


子供が生まれてから主人が忙しいのでほぼ1人で育児をしてなんとか大きくなるまで見守り、育児の責任は私が負ってきました。
不登校の時のカウンセラーさんから言われた言葉がさらに私を追い込んでいたかもしれませんね。


ハヤシさまの言葉にホッと気持ちと肩が軽くなる気がしました。
ありがとうございます。


いつも愛するとはどういうことなのか分からないできました。
子供は大切だけど憎らしいこともあるし、私は愛情が欠けているんだと思っていました。
全身全霊をかけて全てを受け入れる思い、なんてないからです。


でもハヤシさまの愛するということの定義がとても分かりやすくて、ちょっと感動しました(涙)
最近心が弱くなっているのか、涙もろくて。


自分に都合のいいときだけではないけれど、存在してくれてよかった、という感覚なら分かります。
何人かに愛するとはどういうことなのか聞いてみたことがあるのですが、どれもしっくりきませんでした。


本や漫画でも「愛」というものが激しすぎて、自分とはかけ離れている感じがして。
でも今回分かりやすい説明をいただいて、何十年も抱えた課題がなくなりそうです。
あえて◯◯様からのメッセージをいただかなくてもなんかスッキリしちゃいました。
どうしましょう(笑)




【私からの返信】
それは良かったです(笑)
⸜(*ˊᗜˋ*)⸝


結構みんな普通に愛するということを実践しているのに、
世の愛の定義が重過ぎてハード過ぎて、
極端過ぎて『できるわけないわー』って思われちゃうんですよね。
(;^ω^)


子どもだってパートナーだって憎らしいと感じることぐらいあって当たり前です。
従順なロボットを飼っているわけじゃないんですから。
でも、憎らしいと感じたら愛してないなんてことはないです。


愛は全感情を包括するので、どんな感情とも同居できます。
『存在を肯定し、意志を尊重するよ』って感覚みたいなものです。


憎たらしいなあと思うこともあるけど、
でも愛してるよ(存在を肯定し、意志を尊重するよ)
こうなって欲しいなぁと思うけど、まあならないよね、
でも愛してるよ(存在を肯定し、意志を尊重するよ)


こんな感じです。
【博愛】が一番近いかもしれません。
結構みんなちゃんと人を愛せてます。
(*´ω`*)


仕事が忙しくて育児をお母さんがワンオペでやっていたとしても、
育児の責任は夫婦2人のものですし、
厳密には本人の責任です。


自分の人生をどうするかの責任は他者には負えません。
だって生まれてくる家や親も自分で選んでるわけですし。
親子は霊的な次元ではちゃんと話し合って計画立てて誕生してきてます。
だから我が子であっても他人の人生の責任なんか負わなくていいんですよ。


誰だって自分の人生の責任は自分のものです。
でも、それほどの思いで面倒みてくれる親の元に生まれた息子さんは本当に幸せだと思います。
。゚(つД`)゚。


私とのやりとりでスッキリしていただけたなら、想定外ではありますがよかったです。
⸜(*ˊᗜˋ*)⸝


ではパーキンソン病の不安に対してどう取り組んでいけば良いかのチャネリングメッセージを降ろして、
作成しようと思います。
ちょっとお時間いただきますけど、お待ち下さい。
(*`・ω・´)




【C様からの返信】
今回のメッセージはこれから何度も読み返すことになると思います。
自分が子供への気持ちに対して自信がなくなった時、またこの文章に励まされようと思います。


愛は全感情を包括するので、どんな感情とも同居できる、とはものすごい言葉で考えさせられます。
深いです。


こんなことを言えるハヤシさまはご自分の人生経験からなのでしょうか。
色々な体験をされてきたのでしょうね。
今回はこの言葉を聞きたくて、申し込んだ気がします。
◯◯様のメッセージまでいただけるなんで、申し訳ないですがよろしくお願いします。




【私からの返信】
C様
こんにちは(*´ω`*)
チャネリングメッセージを送らせていただきます!


◯◯「C様
いつもチャネリングメッセージのサービスを購入して下さり、ありがとうございます。


息子様への対応も心構えもすっかり変化されて、
よく執着を手放したことと感心致します。


ハヤシさんも言っていましたが、もしあなたが厳しく目を光らせねばならない人がいるとしたら、
それはあなた自身に対してだけです。


皆さん自分の人生には自分で責任を持つ力がありますから、
そのまま肩の荷を下ろしてしまいましょう。
(*´ω`*)


それに、自分自身に対しても楽しく幸せに過ごすための工夫を凝らす方がおすすめです。
今回はその点に関してお話しようと思います。
どうぞ宜しくお願いします。




まずパーキンソン病ですが、
今後はそれほど恐れる必要のない病気になります。
理由は医学が進歩するからです。


考えてもみて下さい。
かつて死に至る病であった結核、白血病、エイズなどは、
現在では軒並み死に至らない病気になっています。


なぜ治療法が飛躍的に進歩したかというと、
疾病者が多かったからです。
多くの人が罹患(りかん)する病は、
それだけ治療法の研究も盛んに行われます。
世界中のトップクラスの医療者や薬学者やヒーラーが全力で取り組んでいるのです。


人間の強みは研究の成果を引き継げる相伝の意志があることです。
誰かの意志を誰かが引き継ぎ、
1人では辿り着けない結果にいつか必ず辿り着き、
その成果を世界中で共有する。
これが人の素晴らしさです。
あなた方は全員で人類という一つの生命体を生きているのです。


パーキンソン病の発症は50代以降ですから、仮に息子さんが発症したとしてもまだ何十年も猶予があります。
それまでに医学が進歩し、症状を抑えたり、発症そのものを抑制する方法も出てくるでしょう。


癌も脳疾患も心臓疾患も、やがて人類は乗り越えていくでしょう。
しかし、病が根絶されることはありません。
コロナが生まれたように、また新しい脅威が発生し、
人類は戦い続けていくでしょう。


病気を交戦対象とするなら、その戦いに終わりはないのです。
病気をギフトと捉えることができた人だけが、病気との戦いを終わらせることができます。


なぜ病気になるのかと言うと、肉体に流すエネルギーが汚れていたり、取り込むエネルギーが足りないからです。


肉体はこの地上で活動するための乗り物のようなものですが、
例えばクルマを車庫にしまっておいたら、故障するでしょうか?
車庫の環境が劣悪な場合は置いておいて、
普通は壊れないでしょう。


でもガソリンの代わりに水を入れたりしたらすぐ壊れます。
肉体という乗り物が活動をする上でのガソリンとは何でしょう?
それは精神エネルギーです。
気持ちとか思考ですね。


身体が壊れるのは、病気になるエネルギーを流してしまうからです。
病気になるエネルギーとは、恐れ、不安、怒り、憎しみ、悲しみ、恥、後悔、嫉妬、批判、否定などです。


物理的に怪我をしたとか、生まれつきの障害も広義では病気になるエネルギーによって現象化したものですが、
わかりにくくなるので今回はやめておきましょう。


パーキンソン病のような長く生きた結果として発症するものは、それまでに肉体に流したエネルギーが深く関わっています。
病気になるためには必要な遺伝子のスイッチをオンにしなければなりません。
遺伝子の中に癌や白血病やパーキンソン病のスイッチがあって、それがオンになった人が発症します。


そのスイッチをオンにするのが、本人が日頃から肉体に流している精神エネルギーです。
笑ったりポジティブでいると病気が治るというのは、
病気の遺伝子スイッチをオフにする精神エネルギーが肉体に流れるからです。


もちろんこれがすべてではありません。
いつも笑顔で素晴らしい人格者の方でも病気にはなります。
でもそれは本人が望んで病気になることを選択した結果です。
だからそこから必要な学びを得ますし、
病気を拒絶したりもしません。


病気を天からの授かり物と認識し、戦う相手ではなく、
感謝の対象とすることができます。
このような人にとって、病気は問題ではないのです。



病気のスイッチをオフにするために、
間違うことを恐れない人間になること、
自分は完璧じゃなくてもいいと思える人間になること、
ご主人や息子さんがそう思えるようになるためにあなたができるうってつけのことがあります。


それは、あなた自身がそのような人間となって見本となることです。
相手を変えるためにできることは、変わった姿の魅力を一番近くで目撃してもらうことです。
その上で、どうするかという本人の選択を尊重することです。


誰もが誰かに憧れて、魅力的だと感じて、自分もそんな風になれないかなと夢を見ます。
その時に、『もちろん、なれるよ』と笑顔で言ってあげる自分を想像して下さい。


あなたの目の前に起こることは、あなたの内面の現象化です。
あなたは子育てやアトピー治療などで、
並々ならぬ責任感で『絶対に失敗はできない』と思ったことはなかったでしょうか?


『私はうまくやらねばならない』
『私はちゃんとやらねばならない』と、
自分を縛り上げている感覚はなかったでしょうか?


あなたはご主人や息子さんの姿を通して、
自分自身の課題に取り組む必然性に気づかせてもらっているのです。
つまり、肩の荷を下ろして楽に生きる姿を見せるだけでいいのです。


間違ったら笑ってやり直して、
『良い経験ができた』と失敗した自分を優しく受け入れましょう。
完璧にできることなんて中学校の勉強くらいまでです。


人生は複雑で多重構造で、
見せかけだけの完璧を目指すことさえ難関過ぎて無理です。
だから今日の自分にできることを積み上げるだけでOKとしましょう。
そんな自分への寛容さを心地良く味わう姿を見せてあげて下さい。


『自分を許すことの楽なこと楽なこと』、
と教えてあげるのです。


息子さんが不登校の時のカウンセラー様に言われたことは、私も補足しましょう。
そのカウンセラーの方は間違ったことをあなたに伝えましたが、
あなたの人生に必要なことを伝えてくれたとも言えます。


なぜならあなたはその言葉によって縛られ、必死に頑張り、
そのおかげで『なにか違う・・・』という感覚を得られたからです。


あなたが全力で『家庭の問題はすべて私にかかっている』、
『私は完璧にうまくやり遂げてみせる』と努力し続けたからこそ、
今こうして『どうしたらいいんでしょう?』と思えたわけです。


精一杯やり切ったから、別の意見を聞き入れる器が育ったのです。
誰だって自分なりの『こうすればいいと思う』を持っています。
自分の中にある答えが一番重要に感じるものです。


それを試すこともなく人からアドバイスを聞いても、
それほど価値を感じることはできません。
これはご主人や息子さんがあなたのアドバイスにイマイチ反応が悪いことからもわかると思います。


アトピーについて頑張り尽くしたのはあなたですから、
みんなも自分なりに精一杯頑張った後でないと、
アドバイスを受け入れる器がまだ育っていないのです。


丹羽療法も息子さんやご主人が自分で発見したかのように
仕向けられるといいかもしれませんね。


家族に気持ち良くいて欲しいのはまさしく愛です。
そのためにあなた自身が気持ち良くいましょう。
『みんなが幸せなら私はどうでもいい』なんて思わないで下さい。
あなたの幸せがみんなを引っ張るのです。


『幸せでいなさい』と見張る調教師ではなく、
『なんて幸せなんだろう』と前を駆ける先導者を目指して下さい。
あなたが調教師の時は疲れる割に従う者は少なく、
あなたが先導者の時は、楽しむだけでみんなも真似してくれます。




お百度参りはそれなりに効果があります。
お百度参りは神に祈る精神状態ですから、
病気の遺伝子スイッチをオンにする恐怖に震えた精神エネルギーではないからです。


でも女性の深夜活動は危険ですし、
家の中で行うのが良いかもしれません。
自宅の神棚や仏壇に祈りを上げることでも同じ効果があります。


敬虔(けいけん)な気持ちで手を合わせて祈ることは、
健康になる精神エネルギーを肉体に流します。
あなたのその姿は良い見本になるでしょう。


『神がなんとかしてくれる』と思って祈るのではなく、
『神に祈るという行為がとても良い精神状態にさせてくれるから祈る』ということです。


私はあなた方のすべてを愛していますが、
あなたの家族への愛が私のそれと同等同質であることも知っています。


これまで本当によく頑張ってきましたね。
あなたが心配するようなことは何も起こりません。
なぜならあなたが必要な学びを得たからです。


もう他人の人生の責任を負わなくても良いのだと肩の荷を下ろしたことでしょう。
自分に寛容になることの大切さを知ったでしょう。
失敗を許し受け入れることの愛を知ったでしょう。
大切な人のために自分にできることは、うまく解決してあげることではなくて、
幸せに生きる姿を見せてあげることだと知ったでしょう。
あなたの人生も、あなたの家族の人生も、大丈夫です。」




チャネリングメッセージは以上です!
何も問題がなければその旨をお返事下さい。
次のメッセージを正式な納品とさせていただきます。
ありがとうございました!
(*`・ω・´)




【C様からの返信】
ハヤシさま、とても素晴らしいメッセージをありがとうございます。
最初少し読んで泣けてしまって、時間がたった今になってようやく最後まで読めたところです。


私の学びのためにこの現実なのかと思わなかったわけではありませんが、今回の◯◯様からのメッセージで、やはりこの状況は私のためにあったのかと思い知らされました。


まだちゃんと頭の中が整理できていないので明日続きを書かせてください。
今は自分がしてきたことが許されたような気持ちです。
つかえがとれたような、気を張らなくてもいいような…。
取り急ぎありがとうございました。




〜翌日〜




今日また読み返しました。
学びがいっぱいあり、このメッセージをいただけて本当に嬉しいです。


どちらかというと私は完璧主義者でした。
ちゃんとやり遂げて間違えないように、仕事もやってきました。
失敗を許し受け入れるのは私にとってなかなかハードなことです。


でも寛容で、失敗を笑って受け入れて、肩の荷をおろして、自分の幸せを見つけて生きる姿を見せる、こんな私をそろそろ目指していこうと思います。


思い返せば家族のためにあれもこれも考えて色々やってきて尽くして、挙げ句の果てには自分は搾取されていると1人で被害妄想みたいに感じていじけていました。
今回のメッセージで自分の目の前が晴れ渡ったような、すっきりとした気持ちです。


目の前の病気のことばかり心配しましたが、将来の医学の発展で取り越し苦労に終わるかもしれないし、こんなことにばっかり囚われているにはもう時間がないからやめようと思います。


今回私の依頼の裏に潜むバックボーンみたいなものを聞いていただき、ありがとうございました。
根本的なことを解決していただいたと思います。
いつもお世話になり、感謝しております。




【私からの返信】
『家族のために頑張ってきたのに搾取されてると被害妄想でいじけていた』という気づきは最高に素晴らしいですね!
。゚(゚´▽`゚)゚。


そうやって自分自身への深い気づきが得られると、
生きるのはどんどん楽になります。


完璧主義者はかなり生きづらいですが、
実は【完璧主義者崩れ】は最高なんですよ。
最高を目指して頑張る姿勢と、
失敗しても自分を許せる寛容さを合わせ持つと、
単に仕事のできる親しみのある人になるんです。


完璧主義なだけだと周りは近寄りがたいんですが、
失敗しても笑って受け入れる寛容さが見えると付き合いやすいんですよね。


完璧は無理ですが、完璧目指して頑張ることは全然悪くないので。
完璧にできない自分や他人を裁くのをやめるだけで、
最高の人格者になります。


寛容で、失敗を笑って受け入れて、肩の荷をおろして、自分の幸せを見つけて生きる姿を見せる、こんな私をそろそろ目指していこうと思います。
↑↑↑
これすごくいいですね!
応援していますよ。
(*´ω`*)


ありがとうございました!
⸜(*ˊᗜˋ*)⸝




【C様からの返信】
完璧主義者崩れ、いいですね!
失敗しても許せる余裕が持てるようになりたいです。
そっちの方がカッコいいですし(笑)


今回◯◯様からのメッセージとハヤシさまの言葉と両方がとても心に響く深いものでした。
ハヤシさまの愛についての解説は、これからも私を支えてくれそうです。


愛は全ての感情を包括するという言葉を考えているのですが、愛というものは悲しみや憎しみなど全ての感情に通じるということなのか、全ての感情は愛の一部なのか、そもそも感情を持った時点で愛なのか。
悶々としています。
このことをもう少し教えていただけますか?




【私からの返信】
愛は人を好きとか大事にするという意味より高次の意味でスピリチュアルでは使われていて、

【肯定する】が近いかもしれません。


憎い人がいても愛することはできます。
私はあなたが憎い。でもあなたがこの世界に存在することは肯定しています。私はあなたを愛しています。


悲しい出来事があっても愛することはできます。
私は大切な人が亡くなったことが悲しい。でもその出来事は受け入れています。私はあの人との出来事すべてを愛しています。


愛は感情というより、肯定したり受け入れる【姿勢】という表現の方がいいかもしれません。

姿勢は【在り方】と言い換えることもできます。
すべてを肯定し、受け入れる在り方。
この辺になると神っぽいですね。
(*´ω`*)


愛は感情の一つではなく、
物事への姿勢や在り方なので、
あらゆる感情と同居できるという感じです。


すべての感情に通じているとも言えますし、
愛がすべてなら全ての感情は愛の一部とも言えます。

例えば僕は納豆が嫌いなんですが、
納豆が存在することは肯定しているんですよね。
だから納豆の存在は愛しています。


これは感覚なので言語化しづらいんですが、
愛しているというのは『いいよ!』と言っている感じかもしれません。


ゴキブリやムカデは嫌いなんですけど、存在を消さねばとは思わないので愛しています。
でも蚊は嫌いな上に存在を認めていないので、僕は蚊は愛していないということになります。


これまで出会ったすべての人も愛してます。
どんな人との出会いも今の僕になるために必要だったと思うからです。


これまで起きたすべての出来事も愛しています。
どんな出来事も僕にとって必要な体験だったと感じるからです。


中には嫌な人や嫌な体験もあるんですが、愛しているという感覚は同時にあります。
伝わりますかね?
この表現・・・(;・∀・)




【C様からの返信】
なるほど、愛は感情というよりも肯定や受け入れる姿勢なんですね。
だから悲しみや憎しみの中にも愛はあると。
ちなみに私はゴキブリの存在は許せず認められないので愛していません。


こうしてみると世の中は愛にあふれているんですね。
一気に世界が優しい色になりました。
面倒臭い質問に丁寧に答えていただいてありがとうございました。
例えが分かりやすかったです(^.^)




【私からの返信】
人間で例えると心理的に激しく抵抗が発生する可能性があるので、
昆虫や食べ物で例えてみました。
(*`・ω・´)


世の中に愛が溢れているという感覚を得て下さったのなら
バッチリです!
自然を愛してるとか言うじゃないですか?
山を愛してるとか海を愛してるとか。
そんな感じです。


人から人への愛に限定すると難解すぎて
『真に愛するって何?』になるので、
人間以外を愛することから感覚を理解していくといいんでしょうね。
ご質問ありがとうございました!
⸜(*ˊᗜˋ*)⸝




【C様からの返信】
たくさんのやり取りをありがとうございました。
わずかですが追加させていただきました。
お昼のお弁当代にどうぞ。




【私からの返信】
おひねりありがとうございます!
お肉買って生姜焼き作ろうと思います!
⸜(*ˊᗜˋ*)⸝




トークルームの紹介は以上になります。





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