狩猟民族と農耕民族の違いから学ぶ、わたしたちの思考のクセ
私たちの思考のクセは、長い歴史の中で培われてきた文化や生活様式の影響を受けています。その中でも、狩猟民族と農耕民族の違いは、私たちの考え方に大きな影響を与えていると言えます。
狩猟民族の社会では、物を持たないことが基本ですが、それは単に身軽でいるためだけではなく、「能力を分配する」という考え方にもつながっています。ただし、ここで言う「分配」とは、農耕民族のように役割を固定して協力するのとは少し違います。狩猟民族の世界では、一人ひとりが多様なスキルを持ち、状況に応じて柔軟に対応できることが求められました。特定の人に特定の能力を依存するのではなく、皆が自立してあらゆることをこなせることが理想とされていたのです。
一方、農耕民族は定住を前提とし、長期的な計画に基づいて社会を成り立たせました。そのため、「分業」と「役割分担」が発達し、それぞれが専門性を高めることで全体の効率を上げる仕組みが生まれました。現代の私たちの生活も、この農耕民族的な考え方に大きく影響を受けています。
では、この違いが私たちの思考のクセにどう関わるのでしょうか?
狩猟民族の思考は、変化に強く、柔軟性がある一方で、「特定の分野で完璧を目指す」ことにはあまり重きを置きません。一人が全てをこなせることが理想なので、「誰かに頼る」という発想自体があまり生まれにくいのです。
逆に、農耕民族の思考は、専門性を高め、計画的に進めることを重視します。そのため、私たちの社会では「効率よく役割を分担すること」が一般的になり、「自分がすべてをこなせなくても大丈夫」という安心感があります。
どちらが正しいというわけではありませんが、私は狩猟民族の「持たない」という考え方が、悩みから解放される鍵になるのではないかと感じました。「持つ」ということは、達成への努力を生み出しますが、同時にうまくいかないことで悩み苦しみ、人と比べたり羨んだりする原因にもなるのではないでしょうか。一方で、持たなければ「今」に集中することができ、悩みや苦しみが減るのではないかと思いました。
しかし、日本は災害が多く、未来への備えがないといざというときに苦しい目に遭うことも確かです。すべてを持たないわけにはいきませんが、「本当に自分に必要なものは何なのか」を見つめ直すことが大切だと感じました。
私たちは、所有することと「今を生きる」ことのバランスをどう取るべきなのでしょうか。物や感情の「所有」が悩みにどう影響するのかを、次回さらに深掘りして考えていきたいと思います。