4月といえば、新生活です。
私が短大を卒業して、新社会人になったあの日から34年経ちました。
牛が通学路を散歩するような田舎から、ウシガエルの声が響く貯水池の側の短大へ進学し(寮生活だったので当時の趣味は貯水池の周りの散歩でした)、20歳にして初めての都会生活に胸を躍らせていました。
ときはバブル、就職先はよりどりみどりでした。企業説明会にいけば交通費、食事代まで出していただき、そのことに疑問も感謝も抱いていなかったあの頃です。
特別に何ができるというわけでもなかった私は、手堅い寮の友人が就職を決めた企業ならば安心と就職先を決めました。
なんという安易な決め方でしょうか。女の就職は腰かけ、という風潮も根強く(結婚して退社するまでの一時的な就職という意味)、親もうるさくは言いませんでした。
そこは地方の中堅企業でした。加工、販売、接客の仕事で、女性は主に販売、接客をします。支店が80店以上あり、当時は出店ラッシュです。まさにバブルの追い風を受けていました。
入社式は工業団地の中にある会議室で行われました。
新しいスーツに身を包んだ同期の新入社員は60名、入社前研修では私たちをお客様あつかいをしていた人事課の担当者がその日は急に居丈高に感じました。
社長あいさつに続き、来賓の『ファッションコーディネーター』という肩書をもつ女性が前に出て私たちを見まわすと、「みなさん、ラッキーな人になりなさい」と目元と口角をあげた笑顔で挨拶を始めました。
「ラッキーな人にはラッキーな事ばかりが起こります。そしてラッキーな人は周りの人をラッキーにします。するとラッキーな人の周りにはラッキーな人が集まることになります。
みなさんはこれから販売、接客の仕事に就くわけです。日々多くの人に接します。あなたがラッキーな人になれば、お客様はみんなラッキーな人になるのです。」
小柄な女性でした。胸を張ってビシッとハイヒールで決めたその方は、話す訓練をなさっておられたのかもしれません。言葉が胸の中に飛び込んでくるようでした。ファッションコーディネーターなる職業の人を見るのも初めてで、びりびりするほどの感銘を受けたのです。
その人は、短い挨拶を終えると、元の席に戻り、涼しい笑顔で前を向いておられました。
ラッキーな人、は今でいうプラス思考、というような意味だったのでしょう。
雨降りの日、ラッキーと思える人は少ないと思います。傘は邪魔になるし髪のセットは決まらない。バスや電車が混む。憂鬱な材料はたくさんあります。
その中で、湿度が高いと肌が潤う、植物が喜ぶ、自分が植えた植物でなくとも、道端の小さな花や、農作物が喜んでいれば嬉しいと思えれば、ラッキーな人です。
雨は、だれの上にも等しく降ります。そのことでどう感じるか、どう思うかはその人しだいなのです。
田舎生まれで田舎育ちの私は、その会社で多くのことを学び、5年足らずで寿退社(死語)しました。
「ラッキーな人になりなさい」
このひとことを社会人1日目に聞けた私はラッキーでした。