青の教室/俊雄 第5話(3月28日) ――名前を呼ぶ声――

青の教室/俊雄 第5話(3月28日) ――名前を呼ぶ声――

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青の教室/俊雄 第5話(3月28日)
――名前を呼ぶ声――

先週より、
 俊雄の足取りはほんの少しだけ落ち着いていた。

俊雄がドアを開けると、
 友彦は、やわらかく目を向けた。

「よく来た、俊雄」

「……こんにちは」

俊雄はそっと座った。
 胸の奥のざわつきは、
 先週より少し静かだ。

その顔を見た友彦は
 俊雄が何かを抱えているのを感じ、
 積み木と白い紙とを
 そっと机の端に寄せた。

友彦は、少し間を置いてから
 ゆっくりと話し始めた。

「俊雄。
 昨日、夢を見たんだ」

俊雄は、
 自然に顔を上げた。

友彦は、
 そのまま静かに語り出す。


***

夕方の校庭。
 誰もいない砂場のそばに、
 自分がひとり立っている夢だった。

空は薄い紫で、
 風がゆっくり通り過ぎていく。

足元には、
 色あせたスコップとバケツ。

砂をすくっては落とし、
 またすくっては落とす。
 さらさらと音がした。

そのとき、
 背中のほうから声がした。

「ともひこ」

振り返っても、
 誰もいない。

もう一度、
 さっきより近くで声がした。

「ともひこ」

(……ああ。
 これは、ぼくがぼくを呼んでいるんだ)

そう思った瞬間、
 風も砂の音も止まった。

世界がふっと静かになる。

友彦はそっとつぶやいた。

「……ともひこは、ともひこだ」

胸が軽くなった。


***

友彦が話し終えると、
 俊雄はじんわり温かくなった。

(……呼ばれる、って……)

自分の名前を呼ばれた記憶を探す。
 思い出せない。
 でも、胸の奥がふわっと揺れた。

友彦は、
 その揺れをそっと見て取った。

「俊雄。
 きみは、自分の名前を呼ばれたら……
 どんな気持ちになる?」

俊雄は答えられなかった。
 けれど、
 胸の奥に小さな灯りがともる。

言葉にならない、
 ほんの小さな“芽”のようなもの。

友彦は、
 積み木と紙とをそっと差し出した。

俊雄は、
 ゆっくりと積み木を手に取り、
 静かに積み始める。

今日は、
 先週より少ししっかり積めた。

帰り際、
 俊雄は振り返って友彦を見る。
 胸の奥に余韻が残っていた。

(……ともひこ、って……)

窓から差し込む光は青い。
 俊雄は、
 自分の名前を心の中でそっとつぶやいた。

(……としお)

それが、
 自分にとっての大きなきっかけになることを、
 俊雄はまだ知らなかった。

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