青の教室/陽子 第11話(3月24日) 「影はついてくる。けれど、光もついてくる。」
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第11話(3月24日)
「影はついてくる。けれど、光もついてくる。」
3月24日の夕方。
青の教室のドアを開けた瞬間、
陽子は胸の奥に、ふっと小さなざらつきを感じた。
昨日は、女の子のイラストを描けた。
自分でも驚くくらい、すらすらと描けた。
あのときは、胸の奥が少し軽かった。
(……でも、今日はなんか違う)
陽子は自分の席に座り、
かばんから課題表を取り出した。
紙の端を指で触れた瞬間、
胸のざらつきが少し強くなる。
陽子の影は、勉強と一緒にやってくる
「陽子、今日は課題表を使ってみる?」
友彦が静かに声をかける。
陽子はうなずいた。
昨日の自分を思い出して、
“今日もできるかもしれない”と、
ほんの少しだけ期待した。
けれど、課題表を開いた瞬間、
胸の奥がきゅっとなる。
(……これ、ちゃんとやらなきゃいけないやつだ)
“ちゃんと”という言葉が、
どこかで聞いた声と重なる。
お母さんの声。
「ちゃんとしなさい」
「ちゃんとできるでしょ」
その記憶が、
陽子の胸の奥でざらつきを生む。
少しできる。けれど、ぴたっと来ない
一問目は解けた。
二問目も、なんとかなる。
でも、心の中では、
何かがぴたっと来ない。
(……なんでだろう。
できてるのに、うれしくない)
紙の上では進んでいるのに、
心の中では影がついてくる。
陽翔とひかりの無邪気さが、影を揺らす
「先生、できたー!」
陽翔がプリントを持って走ってくる。
「ひかりも、ここまで終わったよ」
ひかりが笑う。
友彦が「すごいね」と言う声が聞こえる。
陽子は、視線をプリントに落としたまま、
胸の奥がきゅっとなるのを感じた。
(どうして、あんなふうに言えるんだろう)
陽翔とひかりの無邪気さは、
陽子の影をそっと揺らす。
すみれとほのかの言葉が、光を少しだけ動かす
「陽子、昨日のイラスト、めっちゃかわいかったよ」
ほのかが、机に身を乗り出す。
「うん。ああいうの描けるの、すごいと思う」
すみれが、少し照れたように言う。
陽子は、胸のざらつきの中で、
小さく笑った。
「……ありがとう」
その笑顔は弱いけれど、
影の隙間から漏れた光だった。
勉強の話になるとざらつくのに、
イラストの話になると、
胸の奥が少しだけ軽くなる。
友彦の<青>が、影の存在をそっと言葉にする
友彦が、陽子の机の横に静かに座る。
「陽子、今日は……“できてるのに、うれしくない日”なんだね」
陽子は、はっとして顔を上げる。
「……わかるんですか」
「うん。
陽子には、ちゃんとできる力がある。
でも、その力のそばに、
いつも胸の奥がざらつく感じがついてくるんだと思う」
陽子は、胸の奥が少しだけ揺れた。
「……ざらつく感じ」
「そう。
勉強のときとか、“ちゃんとしなきゃ”って思う場面で、
いつも一緒に出てくるやつ」
お母さんの顔が、
一瞬、頭に浮かぶ。
陽子は何も言えない。
でも、目の奥が、
少しだけ揺れた。
小さな一歩と、きらりと光る一言
陽子は課題表の一番上を見つめる。
「……ここだけ、やります。
もう一つだけ」
「いいね」
友彦は即答する。
「“もう一つだけ”って、自分で決められたのが、すごくいい」
陽子は、一問だけ解いた。
胸のざらつきは消えない。
影は、そこにいる。
でも、
“自分で決めた一問”を終えたあと、
心のどこかが、
ほんの少しだけ晴れた。
帰り際、
すみれとほのかと一緒に靴を履きながら、
陽子がふとつぶやく。
「……明日、またイラスト描こうかな」
ほのかがぱっと顔を上げる。
「え、描いて!見たい!」
すみれも笑う。
「うん、私も見たい」
陽子の胸のざらつきは、
まだ完全には消えない。
でも、そのざらつきの中で、
今の一言だけが、
きらりと光っていた。