中3物語/タンキンの思い出

中3物語/タンキンの思い出

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学び
2023年7月20日
学習塾リバティ 木村友彦


 この16日から休みをもらって1週間帰省している。昨日19日は母校である桐蔭学園中学校の野球部同期の集まりがあった。私を含め5人が顔を合わせた。気のおけない仲間と楽しいひとときを過ごした。
 この帰省の一番の目的は22(土)の角田(かどた)先生の13回忌だ。でも、当日に参加できないメンバーがいるということで19日も同期で集まることになった。

 中学野球部の顧問・監督だった角田先生はタンキンと呼ばれていた。
生徒からつけられたあだ名で「短足」「金歯」が由来だ。私は中学校を卒業と同時に大阪へ転居し、16歳の春にみんなと野球をしたあと連絡をとらず音信不通。行方不明になってしまった。タンキンが亡くなったことを聞いたのも去年のことだった。22日は野球部何学年かの同窓会になる。名前きいても顔みてもわからない人が多いだろう。でも楽しみにしている。

 昨日ももちろんタンキンの話でも盛り上がった。

 タンキンは当時30にもならない歳だった。土佐高校出身で甲子園の経験者。もちろん野球のことはよく知っていたが、きっと「モデル」をもって私たちを指導していたんだろうなあ。みんなと話して今。私にはそう思える。みんなに慕われたタンキンも若かったんだなあと思える。
 TJが言った。素振りするとタンキンからいつも「ちがうんだよな」が飛んだって。YSRの家に私とTJとで泊まりに行ったとき、「素振りしてごらん」と言うYSRのお父さんに「いいねえ。いいねえ」と言ってもらったのに、タンキンはいつも「ちがうんだよな」だったって。

 小学生のときからバッティングが好きだった私は、そう言えば、タンキンにダウンスイングを教わってから打てなくなってしまった。ダウンスイングで「腰」が入らなくなり「手打ち」になってしまった。今分析して思う。そのかわり「ケツバット」の特訓でバントが上手になった。いたって素直な私はタンキンの言うことを聞くのが正しいことだと信じていたから。自分で工夫してみようなんて全然思わなかったから。多くの子どもって、普通は大人の言うことにまずはちゃんと一目置くから。なつかしいなあ。

 今、教える仕事をしていて、私の前で子どもたちはのびのびしている。改めて「ダウンスイングの教え」を思い出して、子どもの気持ちが判る。
これからの教育は「いいねえ」がいい。主流になると思う。

 タンキンに聞いてみたい。「こうやって打っちゃダメなんですか?」若かったタンキンの答えは想像できるが、歳を重ねたタンキンは「いいねえ」を言うようになったのだろうか。

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