「お子さんの力を信じて、ゆっくり見守りましょう」
不登校やひきこもりの渦中で、いちばん多くかけられる言葉です。
やさしくて、たいていは正しい。
でも、そのとおりに見守ってきたのに、状況が少しも変わらない。
この文章は、そういう方に向けて書きました。
こんなことは、ありませんか
・「無理しなくていいよ」と言いながら、心の奥では焦っている
・求人やフリースクールの情報をつい送ってしまう。既読がつくだけで、返事
はない
・平日の昼間、子どもの外出を近所の人に見られたくない。人に会わない時間
を選んで買い物に行く
・毎朝の欠席連絡のボタンを押すたびに、「今日も行けなかった」を突きつけ
られる
どれかに心当たりがあるなら、
それは弱いからでも、愛情が足りないからでもありません。
いちばんの苦しさは
「このまま見守っていて、本当にいいのか」が分からないことだと思います。
待つことが信じることなのか、見て見ぬふりの放置なのか。
その境界線が、自分では引けないということかもしれません。
先にお伝えします。
見守りと放置のあいだには、一本の線があります。
それは、待つ時間の長さでも、
優しさの量でもないところに引かれています。
子どもの「どこ」を見れば、待っていい時期か分かるのか。
それが見えてくると、毎日の「分からないまま待つ」が、
「見るところが分かって待つ」に変わります。
待ち続けた時間を、あとから悔やまずに済むはずです。
ただ、線の位置は家庭ごとに違います
同じ不登校でも、お子さんの様子、家庭の事情、これまでの経緯によって、
見るべきところは変わります。
一般論として書ける部分と、
その家庭のお話を伺わなければ書けない部分があります。
ここまで書いてきたのは前者です。
後者はどうしても、お一人おひとりの状況をお聞きするところからしか始まりません。
お手紙という形にした理由
私は「たまゆらの手紙」という往復書簡のかたちで、
不登校のお子さんを持つ親御さんのご相談をお受けしています。
チャットでも電話でもなく、手紙にしたのには理由があります。
急かされずに書けること。何度でも読み返せること。
そして、気持ちの整理だけで終わらせず、
「では具体的にどこを見て、何をすればいいのか」を、
腰を据えて言葉にできることです。
いただいたお手紙を拝読して、
その家庭の状況に沿った見方と、今日から始められる一歩を、
7日以内にお返事として書きます。
お返事は、便箋のかたちのお手紙(PDF)でお届けしています。
(お申し込みは、この記事の下にあるサービスリンクからご覧いただけます)
最後に
書いているのは、
人の心身に関わる仕事を長く続けながら、
我が子が学校に行けなくなる時期を自分でもくぐってきた一人です。
仕事では多くの親子をすぐそばで見て、
家では当事者として過ごしました。
外から見た目と、内側の実感の両方から書いています。
出口はあります。