たまに自分の人生を思い返してみる

記事
コラム
私が最初に就職したのは、地元の市役所だった。当時はかなりの就職難の時代だったので、地元の市役所程度でも500人受けて20人しか受からないという状況で、私もその狭き門を通り、市役所職員となったのである。
そこそこ社会的ステータスもあるし、年収もそこそこ、まあ悪くないんじゃないの?と思うかもしれないが、はっきり言って、仕事内容は全く面白くもなんともないのである。
市役所には、臨時職員という半年契約のバイトみたいなのがいるんだが、私の席の隣にも、その臨職の若い女の子がいたんだが、プライベートな会話とか、一切しなかったし、しようとも思わなかった。
公用車や電車など使って、出先の機関に行く際に、その臨職の子を助手として連れていくこともあったのだが、この時ですら、一切プライベートな会話などはしなかった。ほぼ丸1日一緒にいてもだ。まあ、こんな具合だから、基本的には一人で仕事したほうが逆に気が楽なのだが、仕事量が多いとそうも言ってられない。私は一切話しかけないし、向こうも一切話しかけてこない。それが丸1日、まあこんなことは私の人生ではごく普通にあることだ。
たまに職場の先輩が「お前、彼女いるだろ?」とか聞いてくるが「いませんし、いたこともありません」と答えると、割と驚かれる。まあ、私の容姿が悪くないほうだし、まじめに仕事もやってるほうだから、驚くのだろう。
残業も月30時間くらいはやっていたと思う。家に帰れば、基本的にはプレステ2をやっているかネットか漫画描いたりしているか、のいずれかだった。
当時、車を持っていたのだが、あまり使っていなかった。それでも、せっかくなので、たまにドライブに行ってみるかと、意味もなく遠出したりして、それで道に迷って、その辺をぶらついているオッサンに道を聞いたりしてた。
まあ、今ではスマホのマップアプリがあるので現在地がわからなくなることもないので、人に道を聞くということも無くなったが。
「なんだ、彼女も乗せないで一人旅かい?」なんて言われて「基本、一人旅しかしたことがないです」と答えた、今でも一人旅しかしたことがないのは変わらない(修学旅行や家族旅行は除く)。
行政マンという社会的ステータスはあったが、そのころから自分の人生に何か虚しさを感じていた。こんなことを毎日続けていて、なんか意味あるのかな?と漠然と思っていた。わけのわからない書類の山に、わけのわからない事務処理とパソコン仕事、機械的にこなすだけの日々。今から思えば、あれを毎日、思考停止してできていたのは正気の沙汰ではないと思う。

サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら