例のワクチンを打っちゃった人から、「何か体に悪いもの」が出ている、それが伝搬する現象をシェディングと言うのだが、どうもこのシェディングに対する認識が、物理的なものなのか、精神的なものなのかという、不毛な議論が某巨大掲示板サイトでは行われていることが多々ある。
私としては、それが物理的なものであろうと、精神的なものであろうと、実際に健康状態に影響があるなら問題なわけで、精神的なものだから問題ないよとはならないだろうし、この区別することに何か意味があるのか?と・・。
もちろんシェディングに関しては、別に霊的なものや、オカルト現象などに分類されるものではないと私は思っているが、だからといって、全て唯物論的な思考に帰結するのも危ない。
なぜなら、そもそも神が存在することを科学的には証明できないし、あらゆる計測機器をもってしても神の存在を感知することはできない。
つまり、この話を突き詰めると、シェディングは確かに物理的なものだが、だからといって物理的な思考に偏り過ぎることが、そもそも間違っているよねという話になる。別に哲学の話をしているわけではない。
物理的な対策をすればするほど、結局、そういう思考に偏っていき、もう私が神の存在の話などしようものなら、「ああ、そういう宗教の話はよそでやって」と瞬間にシャットアウトされてしまうであろう。
私が、悪霊だ、聖霊だと、霊的な存在を話しているのは、これは別に目に見える霊の話をしているわけではなく、そもそも霊というものは、独立して動くものではないのだ。霊は自分の魂に憑依するもので、悪い考えが心に起きたとき、それが悪霊が入ったときであり、良い考えが心に起きたとき、それが聖霊が入ったときなのである。そんなことは聖書を読んでいれば理解できるはずなのだが、ホラー映画のように、霊が自立思考生命体のように、ふわふわ動き回ったり、超能力的なもので人間を苦しめたりする、そういうイメージになっちゃってるので、自分自身の魂に悪霊がついていると誰も思わないのだ。
話を元に戻すが、シェディングについては、物理的な現象だ。別に思い込みや精神的なものではないし、共感覚?みたいな特殊なものでもない。
なので物理的な対策は有効だが、そもそも論として、シェディングだけに気を付けていればどうにかなるというものでもない、この終末の時代というものは。