とてつもなく理不尽で凶悪な事件などを見るたびに、神がいるならなぜ、この世でこのような悲惨なことが起きるのだ!なぜ悪を野放しにしているのか!
と思われる方もいるでしょう。
その答えは、聖書にはこのように書かれています。
「神は、人間に善を行う自由も、悪を行う自由も与えられたのだ!」と。
どうしょうか、たぶんこれだけ聞いても、ピンとこない人が多いのではないでしょうか?「要するに、悪人にも好き放題にさせてるってことかい?!そんなこと許されるのか!神様なら、悪人に悪を行わせないようにしろよ!」と、
こう言いたくなる人もいるでしょう。しかしですね、よく考えてみてほしいのですが、もし悪を行うことができないとしたら、そこには善もないのです。
悪が悪と認識されるためには、対象となる善という概念が必要になります。
そして悪が、事象として発生しないならば、善もまた事象として発生しません。つまり、善と悪は表裏一体であり、光があるから闇があるのです。
片方だけでは、存在しえないのです。
殺人は、悪い行為だから、この世で発生させないようにしよう!と神様が決めたなら、そもそも殺人が悪い行為だと認識することもできませんよね?
だって、それが存在しない世界なんですから。
この世というのは、良い魂と悪い魂を選別するための、選別場であり、魂の仮住まいの場なのです。もし、悪人が悪を行えない世界ならば、悪が強制的に阻止される世界ならば、どのようにして良い魂と悪い魂をわけますか?
悪い行いをしてないのに、悪い魂と言えますか?言えませんよね。
そして悪が存在しない世界に、対象となる善も存在しえません。つまり、善を行うこともできない、善い行いをしてないのに、善い魂と言えますか?言えませんよね・・これで、わかったかと思います。この世に悪があり、それが許されている理由が。あ、許されているといっても、それはこの世で、悪を行う権限があるという意味で、裁きは必ず受けて地獄へ行くのは間違いないですよ、その辺は勘違いしないように。