挫折感を克服するための心理学②:自分よりもっと悲惨な立場から這い上がってきた人がメンターとなる

記事
学び
 では、挫折感の克服はどうしたらなされるのでしょうか。ここでヒントになるのは、自分よりももっと大変な立場にありながら、それでも試行錯誤して這い上がってきた人の実体験です。例えば元々語学に関心があって、高校時代から英語のみならずフランス語・ドイツ語をかじり始め、大学時代にギリシア語・ラテン語を学んできたような人(こういうマルチリンガルはヨーロッパではゴロゴロいます)が、「いやー中国語は難しいね、最初はちんぷんかんぷんだったけど、半年くらいあれこれやっていたら大分分かるようになったよ」と言われても、全く参考にはならないでしょう。恐らく、「自分とは住んでる世界が違う人だ」と思うのが関の山でしょう。
 ところが、中学校の英語もままならない人が「よし、医者になるんだ」と決意し、一生懸命辞書を引き引き勉強を始め、三浪してやっと国立大学医学部に合格したとしたら、「自分よりもできないような立場からよくそこまで行ったものだ」と感心し、「自分でもその人のやり方を真似すれば、そこまでは行けるんじゃないか」と自然に考えることでしょう。
 実はいつまでもどん底でもがき苦しんでいるだけではダメですが、試行錯誤の末、困難や課題を一つ一つ克服していって目標を達成・勝利していくと、自分がもがいていたレベルまでの人に対しては、共感をもって「うん、分かる、分かる、苦しいよね、大変だよね。でもそこでこうしてこうしてやっていけば、ここまでやっていけるんだよ」と教えてあげることができるわけです。したがって、自分と同じような課題、境遇、苦しみを抱えながら、そこから這い上がって克服、成功した人、これがメンター(指導教師)として最適な人物なのです。つまり、「自分なんて」から「こんな自分でもできるかも、やれるかも」と変わるきっかけは多くの場合、先駆けて同じ道を行った人によるのです。
ただ、気をつけないといけないのは、「自分でもできるかも」と思うのはスタートであって(一時的解放、希望の誕生)、実際にその如くなってみて初めて「ああ、本当にそうだ」と解放された自分になれる(全面的解放、希望の成就)ということです。ここまで来ると、「自分でも」から「自分しかできない」ことに気づくでしょう。それは、かつて自分が苦しんでいたような課題を持ち、挫折感にとらわれている人が自分の目に入ってくるからです。こうして「ナンバーワン志向」(弱肉強食、勝ち負け絶対主義)→「自分なんて」(挫折感)→「自分でも」(一時的解放、思考の転換)→「自分しか」(全面的解放、オンリーワン志向)という心理的プロセスが達成され、新しいタイプの「でも・しか」人間になれるのです(昔は「先生でもなるか」「先生しかなれない」という「デモシカ教師」という存在がいました。最近は教員採用試験が昔の司法試験並の倍率だったこともあるぐらいなので、「今は昔」の話となりましたが)。

【コラム】
 もっと身近な「メンター論」としては、「自分にとって必要なタイプはどんな人か」(当然、自分とは違う要素を持った人から学ぶこととなります)というテーマが挙げられます。これは総合的心理学として優れた内容を持つエニアグラムの「偏り」「囚われ」「解放」論が役に立つところです。ちなみに「第一の心理学」精神分析学は「マイナスからゼロへのアプローチ」、「第二の心理学」行動主義心理学は「動物としての人間観」、「第三の心理学」人間性心理学は「ゼロからプラスへのアプローチ」、「第四の心理学」トランスパーソナル心理学は「限りなく100を目指す超越論的アプローチ」がそれぞれ特徴とされますが、エニアグラムはこれらの後に続くものです。
①囚われの方向(放っておくとこの方向に流れやすく、「偏り」が助長されるということです)
タイプ8→5→7→1→4→2→8、タイプ3→9→6→3
②解放の方向(意識的にこの方向にシフトしていくと、「偏り」が克服されるということです)
タイプ8→2→4→1→7→5→8、タイプ3→6→9→3
<タイプ1の場合>
 完全主義者型。「人生は完全であるべきだと思って」おり、「物事を完全に行なうために、懸命に努力する必要があると思っている」。「自分自身に対して批判的」「他の人も自分と同じように、物事を正すことに努力し、欠点を直すべきだと、期待をかける」。怒れば不完全な人間となってしまうので、怒りを抑圧するが、完全主義のために些細なことにも気を悪くし、他人の欠点に反感を抱くが、このように常に完全を期待するのは「自分が完全でなければ、他人に受け容れられないという考えをもって成長した」からだとされる。「人と楽しく交わるのが得意」「話していると、元気が出てくる相手でもある」「全ての人を公平に遇する」。「誰しもが真に人間として成長して欲しい」と願い、「そのためにはいくらでも友人達の力になろうとする」。人生を楽しむタイプ7の楽天主義に学び、過度の緊張をほぐすべし。
<タイプ2の場合>
 無私奉公型、奉仕者型、尽くす人。「他人の必要を満たそうといつも一生懸命」「人々が彼らの助けを必要としない時、あるいは助けを拒む時は、心を落ち込ませる」「人のためにする事がない時、何もする事がない」。タイプ4の個性開発に学ぶべし。
<タイプ3の場合>
 やり手ビジネスマン型、仕事人間。「彼らは仲間意識の強い人間である。明るいイメージを与え、人々を行動に誘う。人々は触発されて、真に価値あるものを目指して働いているのだということに満足感を味わう」「彼らは通常話し好きで、言葉がとぎれることを知らない。こういう人々は、そこにいるだけで他の人を活気づけ、楽しませるものだ」「自分の全人生を成功か否かという尺度で評価しようとする」「他人は仕事を達成するための道具、あるいは成功への飛び石としてしばしば利用される」「たいていいつも何か行動に駆り立てられている」「自分の個人的な、私生活の面を犠牲にする」「家族、親しい友人関係、そして文化的、情操的側面が軽んじられる」「周りの人々の苦しみや体験に気づかない」「人を歓待したり、自分の感情を独創的に表現したりする才能が放置される」。仕事上の失敗が人生全体の失敗のように受け取られて、心のゆとりを失ったり、成功に執着するあまり、自己中心的で、全体や他人に奉仕するという配慮が欠けがちになる。タイプ6の「忠実」に学ぶべし。
<タイプ4の場合>
 芸術家型。自分を「他人とは大いに異なった人間であると、感じ」たがり、自分が人から理解されにくいと感じて引っ込み思案になりやすく、ありのままでは人に認められないと思って、「自分を明確に、かつ他人から際立ったものとして表現するために」、いつも「役者のように前もって稽古する」。「失ったチャンス、不幸な子ども時代、傷ついた経験、一人ぼっちで、他人から見捨てられたことなど」を絶えず思い出しては嘆き続け、こうした傾向はありのままの自分で愛され、大切にされたという経験の欠如から来るとされる。タイプ1の社会と戦う積極性を学ぶべし。
<タイプ5の場合>
 知識志向型、学者型。「知識を求める。物事の全体像を見極めるために距離を置く。体系的に思考し、与えられた課題について、あらゆる角度から総合的に検討し、結論を引き出す」「様々な複雑さを秘めた現実を、そのまま快く受け容れる」「熟考し、内省することによって、つらくても意義深いこと、骨が折れても価値ある仕事を忍耐をもって成し遂げる」「他の人々は、浅薄な考えを持った人間ばかりだと考える」。物事を理解することによって、自分の心の中の空虚を満たそうとするだけで、他人と積極的に交わろうとしないのが欠点なので、タイプ8の積極性・自己主張に学ぶべし。
<タイプ6の場合>
 真面目人間型、所属者型。「何事も自分以外の権威者によって決定される、という生き方を身につけて成長した」「何でも規則が要求することに従おうと心を配る」「彼らは何が正しいか、誤っているかの問題では、あいまいさを許さぬことが不可欠であると考えている。この必要を満たすために、制度、規則、文書といったものに救いを求める。このような権威者や規則に依存することなしに、決定を下す自信が持てないのである」「この人々にとっては、グループの規範が即自分の生き方なので、安心感を得るためには、何か特定のグループに属していることが必要である」。タイプ3とは正反対に主体性が欠けているので、タイプ9の何事も大したことではないとタカをくくる態度を学ぶべし。
<タイプ7の場合>
 享楽主義者型。「生きがいを感じるには、人生を楽しく面白く過ごせることが大切である。彼らにとって、自己実現は人生の楽しい時に達成される」「苦しみを避けるために、彼らは未来に何かしら楽しいことを計画している」「いくつも計画を立て、それだけでもう未来はバラ色だと思ってしまう」「苦労を伴う困難な仕事には、全力を投じようとせず、現実の苦しみから夢想の楽しみへと逃げ込む」「事が難しくなると、その実行を先に延ばす」「物事を遅らせ、時間内で仕上げないのが、ほとんどいつものこと」。タイプ5の熟考・内省に学ぶべし。
<タイプ8の場合>
 権力者型。「人生は力の争いであり、自分が第一人者の座にとどまっていたい」「偉そうにするものは誰でも引きずり下ろしてやりたい」「自分が強いことを誇りに思い、強い人を尊敬する。自分の強さに陶酔するあまり、妥協する人に対してはたちまち尊敬を失ってしまう」「人々のためなら、相手が誰であり、障害が何であれ、立ち上がるにやぶさかでない」「彼らは他人の拒絶を恐れない」「自分自身が満足のいくように行動し、自説を主張して譲らない」「他人の注目を集めずにはおかない、その能力は、社会やグループにとって極めて役に立つものである」「彼らは何をするにも熱情の人として、人々から敬服されている」。善悪両面においてスケールが大きく、内容は豊富だが方向性が悪に傾きがちなので、タイプ2(タイプ8の対極で、方向性は善だが、無内容になりがち)の奉仕的態度に学ぶべし。
<タイプ9の場合>
 隠者型。「非常に意欲の乏しいレベルでしか人生を体験しておらず、緊張を避けることを第一としている」「人生には重要なことは何もないと自分に言い聞かせてきた」「彼らは表情や話し方が典型的に無気力で、単調」「彼らの振る舞いには相手を脅かすところがないので、人々は落ち着きと安らぎを得る」「どのような心配事を持ち込んでも、快く耳を傾け、…動じない」「彼らは家庭不和に悩む人々の調停役となり、・・・お互いに落ち着いて意見の相違について話し合うようにさせ、・・・気持ちよく和解させることにも長けている」。カウンセラー的適性があるが、「自己卑下という考えのとりこになっている」「自分自身に対する愛に欠け、自分が人として大切な存在であることに気づいていない」ので、成功と進歩を求めるタイプ3の社会の現実に対する自己主張を学ぶべし。
サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す