マイナス思考を克服するための心理学③:「発想の転換」→「意識の転換」が一番現実的な方法
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情念の分野に属する「意識の転換」と思考の分野に属する「発想の転換」はどちらがより根元的かというと、当然、「意識の転換」の方になります(人間はやはり根本的には「知的存在」というより、「情的存在」なんですね)。したがって、いきなり「意識の転換」にアプローチするというよりも、「発想の転換」からアプローチしていって、「意識の転換」に至るといった順序の方が現実的で、困難がより少なくなります。深層心理学で言えば、「発想の転換」は「顕在意識(表層意識)の活用」、「意識の転換」は「潜在意識の活用」ということに相当します(深層心理学ではさらに「深層意識」、トランスパーソナル心理学などでは「宇宙意識」まで説いたりしますが、ここまで来ると、個人が日常的に工夫できる範囲を超えます)。
では、「発想の転換」のカギは何にあるかというと、これは意外なようですが、「言葉のコントロール」にあるのです。ポイントは「遠隔操作」「間接操作」にあります。例えば、マラソンで坂道やラスト・スパートの時に「もっと足を上げろ」「もっと足を前に出せ」と言われても、疲れ切ってパンパンの足は思い通りに動くものではありません。こんな時、ランナーはどうしているのかというと、腕に意識を集中しているのです。腕を振ると、それに連動して足は動かざるを得ません。疲れ切った足を動かすには大変なエネルギーを要しますが、腕を振ることに集中することは疲れ切った中でも簡単にできます。あるいは、武道の基本である蹴りでは、よく「腰を入れよ」と注意されます。腰を入れないと蹴りに体重が乗らないため、スピードは速くても衝撃力が小さくなってしまうからですが、実際には「腰を入れよう、腰を入れよう」と意識しても、なかなかうまくいきません。実はポイントは「足首を返すこと」にあります。足首を相手側に向くように返すと、その動きに連動して腰が自動的に入って、蹴りの破壊力が段違いになるのです。こういったことは何にでもあるもので、もったいぶって伝えれば「奥義」「秘伝」となり、普通に言えば「ポイント」「コツ」となるわけです。東洋医学の「ツボ」なども「遠隔操作」の一例ですね。
つまり、「自分の意志でコントロールできるもの」を使って、「自分の意志ではなかなか思い通りにならないもの」を「遠隔操作」「間接操作」する技術ということになりますが、これを応用して「言葉をコントロールすることによって発想の転換を図る」ということになります。そして、これが習慣化されてくると、新しい「情念のルート」が定着していくことになります。ここで注意しなければならないのは、「意識の転換」とはあくまで「新しい情念のルートを作り上げていくこと」であって、「元々の情念のルートを変換していくこと」ではないということです。これは麻薬患者のリハビリで明らかになっていることですが、いったん覚えた快楽の味は忘れられるわけではなく、長い中断期間があっても、再び麻薬をやり始めればその「情念のルート」に「同じ情念」が流れるというのです。つまり、いったん出来上がった「情念のルート」が時と共に無くなるわけではないということであり、仏教で言えば、「業」という世界を感じさせるところです(ここで「現実を直視する」「常に現状から出発する」という大原則をもう1度確認しておきましょう)。「新しい情念のルート」が「元々の情念のルート」の太さ・強さを上回った時、初めてそれが自分の「新しい性格」としてモノになるわけです。気長な話ですが、方法論ははっきりしていますので、あせらず、急がず、いい加減に、適当に続けていくことです。
【コラム】
「朝のこない夜はない
私は親父の没落後、年少から青年期にかけて、いわゆる逆境の中を泳いできた。
そのときはつらいと思ったり、家をとび出してしまおうかと思ったり、いやだ、いやだ、と思ったこともある。しかし、一つの波(つまり逆境)を乗り越えて、それを振り返ってみたときが、人生の中でいちばん愉快なときである。自分自身の心の中でそう思うのでなく、そのときこそ生命の充実というか、ほんとうに生きがいを感ずるのだ。そしてまた次の波がきたら、よし、今度も立派に乗り越えて見せるぞ、朝のこない夜はないのだから…と思う気が出てくるのである。」(吉川英治)