「大丈夫、大丈夫」「何とかなると思うんですよ」と意味も根拠もなく言っている人がいますが、これはただの「カラ元気」で、余り繰り返し続けると気力そのものが失われてきます。「自分を無理にでも奮い立たせないともたないんです」と弁明したりしますが、これは岩を坂の上に押し上げては転がり落ちるという「シーシュポスの神話」(ギリシア神話に出てきます)のような悲劇です。実はやる気、気力といったものを支えるのは「希望」(ギリシア神話では「パンドラの箱」から多くの災いが世界に飛び散った後、最後に残ったものが「希望」であったとされ、だからいろいろ悪いことがあっても、人間には「希望」が残されているのだと言っています)なのです。では、「希望」と「カラ元気」はどこが違うのかというと、「希望」は「現実的可能性」から生まれてくるという点です(カラ元気は根拠もなく、無理やり思い込もうとしているだけです)。「現実的可能性」とは「こんな自分でもできるかもしれないな」と思えることです。「こんな自分でも」「こうすれば」「もしかしたら」「できるかも」というのが心理上のポイントです。
では、こうした「現実的可能性」はどうしたら感じられるようになるかというと、それは②の「成功者の体験談」と③の「知的確信」から生まれてくるのです。
【コラム】
「私が小学校六年の昭和三七年、母は夏休みを利用して自動車学校に通った。当時、商業車は別として、自家用車は十分に普及していなかった。まして女性で四九歳の人は、その学校にもいなかったらしい。
知人のK先生が、同じ自動車学校に通っており、そのご主人が商業車を持っていた。そこで、授業の時間帯が同じ場合など、そのK先生のご主人の運転する車に同乗させてもらって、自動車学校へ行くこともあった。
八月中旬、その車が衝突事故にあってしまった。そのとき母は助手席に座っていたので、全身に何ヵ所もの打ぼく傷を負った。幸い、どれも致命的なものではなかったが、顔を始め何ヵ所も内出血で見るも哀れな格好だった。
母はこの生まれて始めての交通事故で二週間ほど寝込み、自動車学校を休まざるを得なかった。夏休みも終わるので、自動車学校はいったんあきらめるのかと、まわりでは思っていた。ところが母は傷がなおって動けるようになると、すぐ学校に通い始めた。そして、九月上旬に試験も一回でパスして、運転免許を取った。
その年の一〇月一日付けで退職すると、自家用車を購入した。それ以来、いまも何台目かの車を使って飛び回っており、奈良にいる上の姉、神戸にいる下の姉のところなど、気軽に運転して出かける。
物事をなしとげられなかった人は、よくそれを不利な環境のせいにする。しかし、環境は決定的要因ではなく、意志こそ決定的要因だと、このとき感じた。一般に女性は運転技術は別としても、法規・構造などには必ずしも強くない。また、五〇歳近くともなれば、記憶力も落ちてこよう。そのうえ、自動車学校の教官には、乱暴な言葉でどなりつける人も多い。自分の子供やかつての教え子のような年齢の教官に、そんな形で教えられるのは、腹立たしいこともあろう。まして、自分が助手席に座っていて、まさに目の前で衝突事故を体験し、二週間も負傷で床にふしていたら、しばらくは、自動車恐怖症にかかってもふしぎはない。かつて同じレベルだった仲間はすでに終わりに近くなっているし、夏休みも終わる。断念する理由は、いくらでもつけられたはずだ。いったん決めた以上は、必ずやりとげるという精神を私は母の後ろ姿から学んだ。」(『資格三冠王』黒川康正~日本で初めて司法試験・公認会計士試験・通訳案内業試験の3つ全てに合格し、「資格三冠王」と呼ばれた人物です。この人の方法論には学ぶ点が多いので、是非、入手しましょう。)