仕事を少しお休みしている時間の中で、保育について改めて考えることがあります。
それは、子どもの「噛みつき」です。
保育士であれば、一度は悩んだことのあるテーマではないでしょうか。
もちろん、噛ませたくありません。
子どもが痛い思いをするのは悲しいですし、保護者の方にも申し訳ない気持ちになります。
だから現場では、「どうすれば事故を防げるか」を毎日考えます。
私も20年近く、保育の現場で同じように向き合ってきました。
私の子どもも顔を噛まれる、顔を1度に10か所以上引っ掛かれる経験もしました。
でも、ある時から別の問いが生まれました。
「事故を防ぐこと」と
「子どもの育ちを守ること」は、いつも同じ方向を向いているのだろうか。
例えば、噛みつきを防ぐために子どもの行動を制限する。
(おんぶしたり、個別の空間をつくるなど)
確かに、その場では事故は減るかもしれません。
でも、その子は安心して遊べているのでしょうか。
私は、そこにも目を向けたいと思うようになりました。
実は、私は人混みが少し苦手です。
ショッピングモールや人の多い場所へ行くと、知らないうちに疲れてしまいまい、頭痛がしたり吐き気がしたりします。
だからふと思うのです。
私たち大人でもそう感じるなら、まだ言葉で気持ちを伝えられない1歳の子どもたちはどうなのでしょう。
「刺激が多いな。」
「ちょっと疲れたな。」
そんな思いを、言葉ではなく行動で表していることもあるのかもしれません。
もちろん、これは一つの考え方です。
正解ではありません。
ですが私は、保育でも大切なのは「行動」だけを見ることではなく、その背景にある気持ちや環境にも目を向けることだと考えています。
噛みつきだけではありません。
落ち着きがない。
すぐ泣いてしまう。
友達を押してしまう。
その行動だけを止めようとする前に、
「この子は何を伝えようとしているのだろう。」
そんな視点を持つことで、見えてくるものがあるかもしれません。
保育には、答えのない問いがたくさんあります。
だからこそ難しく、だからこそ奥深い仕事です。
私は、20年近く保育の現場に立ち、そして現在は真言宗の尼僧として「物事の背景を見る」という教えにも触れるようになりました。
その二つの経験を通して感じたことを、これからも少しずつ発信していきたいと思っています。
もし今、保育の中で答えの見えない悩みを抱えている先生がいらっしゃるなら、一人で抱え込まず、一緒に考えてみませんか。
違う角度から考えるきっかけは、お届けできるかもしれません
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