ただあるがままに存在する
記事
学び
こんにちは。
光の翼 ここみんです。
いつもブログをお読みくださり、
ありがとうございます♪
「今ここ」という瞬間は、
すべてが
ただあるがままに存在していて
愛であり
完璧です。
しかし自我は、
あるがままの「私」では
「足りない」という
不足を感じており、
「私」の存在価値を
満たしてくれるものを
つねに
外側世界に
探し求めており、
「今ここ」の瞬間に
留まることができません。
そのために
理想の状態を
未来に設定して
「今ここ」の瞬間で
「未来」のことを
つねに心配して
「今ここ」とは
関連のない
「未来」に向けて
思考は
忙しくしています。
しかし、
「今ここ」しかなく
「今ここ」でしか
根源の愛を
受け取ることはできません。
「今ここ」に
いるときというのは、
ハートが
開かれている状態で
根源からの愛を
存分に
受け取ることができます。
ありのままの「私」で
存在すればするほど、
思考も減って
よりシンプルになり
「今ここ」に
留まるようになります。
「今ここ」で
全体と1つとなります。
ありのままの「私」で
存在する
…ということは、
究極の
無条件の愛です。
どんな「私」でも
すべてを
あるがままに
許していて
ただそのままで
世界に現しながら
存在しています。
内側から
現れるまま在り
湧き上がったままの
一言一句を
表現しています。
人前でとっさに
その場で
演技をしたとしても
それは
表面上の
上っ面だけであり、
放っている
エネルギーとは
大きく
かけ離れているので
周囲に
違和感を
与えてしまいます。
社会生活を送る
大きな集団に属すと
途端に
エンパスが
具合が悪くなるのは、
ありのままで
存在していない者たちの
抑圧されたエネルギーを
ダイレクトに
感じてしまう為です…。
ありのままで
存在していなければ、
本質の「私」の輝きや
シナリオ上での
味わう喜びの体験の数々、
生まれ持ったギフトは、
無意識の奥底に
押し込まれたままです。
本質の「私」は、
どんな「私」であっても
ただありのままを
肯定していて
同時に
世界のありのままも
肯定しており、
「…でなければいけない。」
「…では、ダメだ。」
という、
独りよがりな
価値観を
誰にも押し付けません。
世界のすべてや
他者の一人ひとりは、
バラバラの
単体ではなく
1つの
根源からの現れだと
知っているからです。
自我が感じている
「不足感」も
「分離感」も
幻想です。
不足もありませんし、
時間も空間もなく
誰とも
分離もしていません。
その信念を持つ者の
目の前には
その通りの世界が
現われます。
それぞれが
独自の世界を創り出し、
すべては、
「私」の五感の知覚通り、
「私」の認識通りの
世界に
住んでいます。
同じことを体験しても
この世界こそが
絶対的な
真実だと考えている者と
ここは
仮の世界で
すべては幻想だと考える者では、
同じことを体験しても
体験自体が
違ってきます。
「私」の知覚や
認識が変化すると
住んでいる世界も
変化します。
ヒーリングによって
クリアリングするというのは、
エネルギーの浄化によって
これまでの知覚や認識が
消え去った瞬間に
「私」の
五感が映し出す
現実世界も変わります。
3次元世界の
2極は、
光でもあり闇でもある
愛でもあり恐れでもある
喜びでもあり苦しみでもある
成功でもあり失敗でもある
豊かさでもあり貧しさでもある
健康でもあり病気でもある
個である「私」が
生み出しています。
2極は
コインの裏表のように
必ずセットで
同時に
存在しており、
都合よく
どちらか一方だけを
取り出すことは
不可能です。
ハイヤーセルフといえば、
すべての現実世界を
創り出している
愛、歓喜、至福である
宇宙の根源である
創造のエネルギーで、
ハイヤーセルフである
本質の「私」というのは、
この分離していた
二元が
一元となることであり、
「ある」という状態と
「ない」という状態の
両方を含んでいます。
私も他者もなく
光も闇もなく
ポジティブもネガティブもなく
2極を区別していた
垣根が無くなり、
元々、
1つであることを
思い出すために
それぞれの個が
世界を創り出し
それぞれの世界を
体験しています。