不登校 波動が低かった頃 不登校製造機

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息子は5年生で不登校になった。
その頃はスピリチュアルなど何も知らず、無いにばかりフォーカスしていて、ネガティブな発言ばかりしていて、波動はかなり低かった。

やっぱり現実としても担任の先生も無いにフォーカスする波動の低い先生にあたっていた。
5年生の担任は後から知ったが不登校製造機で毎年不登校を何人も出す先生でした。
とにかく厳しい。漢字は止め、はね、払い、出来ていないとやり直し。漢字の音読み部分は赤で、数字は青で。

算数は定規で線を引き、繰り上げは赤で、などとにかく決まりが多く出来ていなければ宿題はやっていないと同じになりました。

忘れ物をすると漢字1ページ。連絡帳の親のサインなしも忘れ物となり。1ページ追加。給食袋を忘れたら箸、ナプキン、など追加されていく。

息子は字があまり綺麗ではなかったので何度もやり直しさせられ
ました。

朝マラソンも1学期150週の決まりがありました。息子は腹痛がありいつも遅刻していた。同じように遅刻だったり、週何度か休む子数名は1学期終わり頃には、
朝20分休み お昼休み全部走らされました。最終的には教育センターで指導を受けて少しは改善しましたが、息子はその後から不登校になりました。

先生は当時不登校になった生徒は初めてです。なんて言っていたけど、後から聞いたら近所にも年上の先生が原因で不登校になった人が居ました。
それからも、毎年不登校を出している先生。今は移動してしまったけれど、きっとまた何処かで不登校を出しているのだろうと思います。


波動が引くいと波動が低い現実を引き寄せますね🥹
そんな事知らなかったので、ここから長いひきこもり生活が始まるとは思ってもいませんでした。

つづく
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