成長という名の神秘 #8

記事
コラム
我が天使(孫:1歳8か月)
日に日に色んなことを習得中。

正直、我が家の血のせいか
彼は一般的な月齢より、やや小さめ。
私:およそ152㎝(時々151㎝代w)
娘:およそ148㎝代
私は母の伸長を抜けず、娘は私の伸長を抜けなかった。
元夫:多分160㎝前半(本人は後半だと主張していた)
息子:父親とほぼ同じ
マジで、子供達から恨まれたものです。
それでも娘の夫は170㎝代後半、希望は捨てていません!

そんな中、初めて一人滑り台にトライ。
A735A981-6567-446A-AE7D-C3F6CD409795.jpg

最初こそ、ママに手伝ってもらいながらだったのが
いきなり拒否。
手は出されたくないが、傍にいないと怒り出すw
どんだけ王子様なんだよ?と思われるでしょうが
迷惑をかけていない他人様に何を言われようが知ったことではない。
遅れて到着した私に気付き
滑り台から離れ、満面の笑顔で走ってきて手を差し出された。
あーん抱っこ?まー可愛い♡
ん?あれ?違う?
滑り台の監視役に抜擢されたのだった。

いつの間にこんな腕力が付いたのだろう・・
980B72FA-A7BF-45D2-83AC-DBECB976E324.jpg

歩行すら時々、おぼつかなくて
走るのも、まだ頭の重さが手伝っているのに
どんどん危険な行動を覚えてチャレンジしていく。
実際、この日が
全て初めてのオンパレード。
ババは追いつけず
やっと2日前の出来事をブログにしています。

何度も書いているが
これは「親」ではないからの目線。
一歩引いた目線で見て思うのは
「子供の成長スピードは半端ない」という事実だけ。

人間の一生の成長経緯の中で
一番激しく著しいのは、幼児期なのだと
目の前で起きる出来事で毎日のように痛感している。
そして彼らは当然、自力では生きられない。
本来は無条件で彼らを養育するのが、係わる者たちの責務だ。
でもこれが、ある程度の成長を遂げた後になると
その者たちの考え方も様々分かれていく。
手をかけた方がいい子、手を離した方がいい子
その子の特質を最大限生かした方法を模索し、実現させる。

友人・学校・塾・バイト先・会社
ふと振り返った時、思い出す人がいたら考えてみて欲しい。
良くも悪くも「深く何かを教えてくれた人」がいたら
その人は「係わる責務」に加担してくれた人。
その根拠が「無条件」であることは無いに等しいが
何のためだったのか、それを知ることは大事だと思う。

小さい子には打算がない。
良くも悪くも「相手をしてくれる」ことが全て。
大人は違う。
ちゃんと見極める目を、どこかで習得している。
その事実に、目を背けてはいけないのだ。

この日、娘も私も
この滑り台から落ちたとしても
どうにか出来るようにスタンバイしていた。
「責務」ってこういうこと。
自由にはさせてみるけど
身を守れないうちは保護下に置く。
社会も同じ。
打算できる年齢になった時点で
保護下に置かれるか放置されるか
自分の言動行動によって変わってくる。
※環境そのものの劣悪さに関しては、その限りではない。

まぁ「甘ったれてばかりじゃいけないよ」ってことと
「そこにいて本当に大丈夫?」って話なわけです。


サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら