全知全能は予定調和で面白くないから、無知と理不尽の運ゲーで感想を集めることにした、というが「人間が生きる意味」

全知全能は予定調和で面白くないから、無知と理不尽の運ゲーで感想を集めることにした、というが「人間が生きる意味」

記事
占い
今回から、俺の死生観とスピリチュアル全開の話をする。

興味ない方そのまま戻って良い。

一つの価値観、として興味がある人だけ読んでね。

Shalikoさんの、胡散臭くてワクワクする 量子もつれの解き方: ヒモ解くほどに人生はトントン拍子 と他2冊を読んで、似ている! と思った。
ttps://www.amazon.co.jp/dp/B0BT4WXLBB

Kindle読み放題で3冊全部読めるから、ちょっと読んでみてね!


まずたとえ話ね。
あなたがゲームを作って、永遠に遊べるとして、何もかも全部使えるチート状態をやり続けて楽しいか? という話だ。

ちょっとしたギャンブル、不確定要素、運ゲーが絡んで、それにどう対処するかという「思考」や「喜怒哀楽」を求めないだろうか?

そして、絶妙なゲームバランス。

ラスボスもワンパンマンのように簡単に倒して全クリは面白くない。だからと言って、長時間の周回と繰り返しのストレス、針を通すような運ゲーはコントローラーを投げるだろう。

今のゲームでは、迷わないようにゲーム中にガイド(モンハンでいう導蟲)があって、簡単に初見でも迷わず進めるようになっているが、それでは長時間の
ゲームとしては勿体ない。


だから、ノーヒントのオープンワールド80億人分裂シムヒューマンゲーにしよう! となった。


哲学者やスピリチュアルの人の解釈それぞれであるが、俺は「1つの意識隊が全人類に分割されて記憶をほぼ消去して遊んでる」と解釈している。

だから、これを読んでいるアナタは俺であり、俺の知らない読者がココを読みに来てくれることも必然であり、同じ時間軸を共有していると解釈する。

あと世界線について、これは常に幾億もの世界線に分離していて、ただ成功した時間軸だけを共有しているという解釈だ。

例えば、この奇跡的な地球によって生物が誕生したこの世界線があったとしよう。無数の「宇宙ビッグバンによって生命維持できる星が誕生しなかった世界線」があるが、それらも含めて世界線はがあるだけで、コチラは認知していない。
量子スピン観測によってもう片方が決まる時に、上下の逆パターンの世界線も分離して存在するが、こっちもあっちもお互いに認知することはできない

これは、野球大会で優勝するチームの視点だけ見れば「無敗のチーム」として存在するが、負けた31チームが主人公の世界線は存在するけど、有償チームからは「他人」であり知ることができないし、知る余地はない。
ただし、野球の試合中までは「同じ世界線を共有していた幹」である。

で、最近人気の「引き寄せの法則」というのは、野球チームで、勝った試合と負けた試合のそれぞれの世界線が共有している状態で、「良い結果の方の世界線に意識」を飛ばして継続させると解釈している。

ネガティブよりポジティブ、より広い見識と受け入れる心がある人ほど、良い試合結果の世界線に選んで残り続ける。

だから、今読者が読んでいたとして、「即ブラバ」か「読み切る」か「興味持って出品購入」という世界線があるとする。
それがさっきの野球の試合中であって、読者は読者の1本の世界線があって自分の意志でどれをか選ぶ。
そのどれを選ぼうとも、世界線的には3つ(実際は無数)が自分の世界線にあって分岐していて、俺は無意識だが「読者が興味持って出品購入」を引き寄せてそっちの世界線をプレイし続ける。

SWITCHのレトロゲー等でゲームの保存と再開機能があると思うけど、あれで何百回もやるイメージ。
その中で最善の結果があって、それだけが「本人の体験」として1回きりの人生になる。

引き寄せが弱くて、ネガティブで鬱で視野が狭いと、「読者が即ブラバ」の世界線に飛ばされて、南野チャンスも得られない可能性がある。
まあ、俺はそっちじゃない世界線を常に選んでるけどね。

それぞれ個人同士で世界線と選択肢を持っていて、幾多×幾多の世界線がある中で、本人たちは無自覚に無数に分岐している世界線の1つを選んでいる、って話。
で、最終的に「その人の世界線」として人生を終えた時に、神=創造主であり、最終的には自分がその人間の理不尽や喜怒哀楽の経験を報告するのだ。


だから、死んで魂になった時は「あー、このゲーム=人間の一生、楽しかった!」となるのだ。


かなり難しい話になっちゃったけど、占いとかスピリチュアルをビジネスにしている人なら、何となくピンとくると思う。

それが正解云々は確かめようがない。

でもそれら情報を公の場で発信して、それらに価値があると思った人で集まって色んな事をして革命を起こして人類は進展する。その繰り返しだ

インプットだけしてアウトプットをしない人は、たとえ最強の才能を持っていたとしても、「大手編集の目に留まって出版して億万長者」という世界線は限りなく小さくなる。

でも決して0じゃない。引きこもり作家で手書きノートだけでネットに公開していなくても、通勤中の大手編集者の所に風で飛んだ妄想ノートがコツンと当たって「これ何だろ?」というマンガ展開だってありうる。

なんなら、俺が今これを書いている記事を読んで、出版社から書籍化打診メールが来る世界線かもしれない。

逆に、色々死ぬほど努力しても、報われず、事故死や生まれながらに死から逃げられない人だっている。


彼らは確かに見た目上は不幸だが、最初に話した「いろんな経験を持ち帰って語り合う」というゲームプレイ後の報告会では盛り上がるだろう。




「俺、真面目なオッサンで家とローンに追われてたけど80で大往生したわー」

「こっちは主婦ね。貧困で苦しかったけど8つ子供作って、幸せだった」

「は? コッチなんてDNA欠損運ゲーで悪いの弾いて10歳で死んだよ。
リセマラしてー」


「「じゃあ転生しようか」」


そう、人が死んで魂だけになったときに、創造主=自分であり皆で経験を語り合って、また転生していくのである。




そういう仮説がもしあると思い込んでみてほしい。



今の苦痛、悩み、ストレスが減らない?



俺はこの概念を34歳の頃に哲学書を読みまくって気づいた。
ゲリーボーネルさんのアカシックレコードの本、そして2年前の西田幾多郎先生の善の研究の本である。

まあ、10代でこれらの本に出会って真剣に読んでいれば20歳の頃は「世界の哲学者すきづきん」として億万長者になっていただろうね。

でもそれだと楽すぎるから、それまではフツーの社畜にして、途中から目覚めさせたのだろうね。

過去の人生を思い出すと、そういった「神が仕組んだ喜怒哀楽のイベント」は多数用意されていたと思う。
でもその当時、この真理に気づかず、ただめんどくさいからやらない、逃げる、気づけないという感じで遠回り、寄り道してしまった。


でも今は、こうやってnoteやstand.fm、ココナラブログで毎日アウトプットすることで思考が洗練されて、色々気づけるようになった。

より多くのモノサシ=思考基準を持ち、広い見識を持ち、情報を毎日取り入れてはアウトプットする習慣をつける
それを何年も繰り返して、ようやくたどり着いた世界線。



それが、前世保存と前世承認による「世界初の日本国家による輪廻転生研究」である。
恐らく、任された人が一切動かなければ100年後位になるかもしれないが、俺含めて皆が一丸となって行動すれば30年で可能になるかもしれない。

その世界線に皆さんが居てくれれば、前世の究明と日本初のニッチ複合宗教をお見せしよう。

まあ楽しみにして、長生きしてね。







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