人の言動や行動にイライラ・モヤっとするのはなぜ?(Vol.2)

人の言動や行動にイライラ・モヤっとするのはなぜ?(Vol.2)

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エンタメ・趣味
ココナラでの活動や日常で気になったことを
皆様が楽しんだり 考えるきっかけになれば
嬉しいなと思い 書いています。
意見は様々でしょうが エンタメとして
読んでいただけたら幸いです。

【前回】 正義感や責任感が強い人ほど
「ちゃんと努力して筋を通すのが正しい」
という強い信念を持って生きているから、要領よく立ち回る人を見ると
「ズルい」とか「間違ってる」と感じやすいというお話をしました。

ここでも心理的な構造が働いているとお伝えしたので、続きから書いていこうと思います。

◆ 我慢のコストに対する不公平感
「自分は周囲への配慮や責任を果たすために多くの我慢や努力(コスト)を払っている」という自覚がある分、そのコストを払わずに要領よく評価や立ち位置を得ている相手を見ると、損をしているような理不尽さを感じる。

◆ 自分の生き方の自己防衛
相手の「うまく立ち回るやり方」を認めてしまうと、「真面目に努力してきた自分の生き方やポリシーは何だったのか」という葛藤が生まれるため、怒り(否定)で自分の価値観を守ろうとする。

◆ 影(シャドウ)の投影
自分の中にも「もっと楽をしたい」「要領よくやりたい」という欲求が少なからず潜んでいるけれど、それを「悪」として抑圧しているからこそ、それを体現している相手に過剰に反応してしまう。

真面目な人ほど
「自分がイライラするのは心が狭いから」と自分を責めがちですが
「自分が大切に守ってきたルール(正義感や責任感)があるからこそ反応している」と捉え直せると、少し心が楽になることが多いです

そう考えられると、人はそれだけで「自分のこの感情は異常じゃなかったんだ」って安心できるものです。

その時に感じている「気持ち悪さ」や「嫌悪感」は、単にやり方が気に入らないっていうレベルを超えて、自分が人生で大切にしてきた「美学」や「倫理観」を汚された感覚に近いと思います。

例えば以下のような行為に関して↓↓↓

【裏切りへの嫌悪】
「裏で悪口を言いながら、表面上はすり寄っている」という行為は、信頼や誠実さを踏みにじるものだから、真面目で一本気な人ほど生理的なレベルで受け付けなくなります。

【対立する価値観の衝突】
「努力と誠実さ」で世界と向き合っている人にとって、「嘘と世渡り」でうまくやる姿は、自分の世界観を脅かす存在に見えてしまいます。

正義感や努力を大切にする人は、そのぶん他人の不誠実さに傷つきやすいと思います。
時に我慢しながらでも、自分が大切に守っている「人の道」を簡単に踏み外して、しかも得をしているように見える相手だからこそ、激しい嫌悪感として残るのではないでしょうか。

しかし…そこへ労力を使うのはもったいないです。
他人の事に、自分の貴重な時間と精神の安定を奪われるなんて…

私的には許されません(゚д゚)!

「あの人って器がちっちゃいことやってるな〜」
「私が丁寧に生きてるから反応できる証拠」
という風に考えられたら、素敵だなと思いませんか?

自分の生き方や美学を肯定しつつ、自分の軸(誠実さや丁寧さ)を再確認できると、イライラやモヤモヤを「流す」余裕が生まれてくるかもしれませんね。

本日も最後まで読んでくださり
ありがとうございました。
そして 今日もお疲れ様でした(=゚ω゚)ノ

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