人々が、小さくても、今の生活の中にある幸せに気づいて、
今を生きられる世の中になりますように...
そんな願いを込めて書きました。
「今を生きる ユナ①」
作:ユイ姉
ーユナの誕生ー
とあるお国のお洒落で小さな街並みがあった。閑静な住宅街だが、
家がぎっしり並ぶ外壁は、レンガ造りで統一されており、
何か貫禄と歴史的重みが感じられる。
そこへ、エレナという一人の女性が住んでおった。
エレナは、特に困った暮らしをしているわけでもなく、
目立った女性でもなく、日々淡々と暮らしていた...
今夜も、布団に入ると、すぐ深い眠りに落ちていった...
深夜の2時ぐらいであっただろうか...
「エレナ...エレナ...」
自分を呼ぶ声で、エレナは目を覚ました。
何事かと強い眠気をおして、薄目を開けた。
普段と変わらない自室だった。
ただ、目の前が少しもやがかかっているようにも見えた。
そして、また低く、小さな声だけ部屋中響き渡った。
「エレナ...約束のときがきたよ。
明日、山奥の湖に向かうのだ、エレナよ」
翌日エレナは、導かれるように、山奥の湖へ向かった。
途中、一本道をだいぶ歩いていくと、
いつのまにか一羽のカラスが、
エレナの頭上に現れ、道案内をしてくれていた。
「エレナ、よく来たな。
さあ、これからお役目を果たすのだよ」
どこからともなく響き渡る声が聞こえた。
「私は何をすればよろしいんでしょう」
「それはだんだんとわかるさ。
それから、ここへ来たときのおまえの名前はユナだ、
わかったな」
ユナの新たな人生の幕開けだった。
ー俊太郎という男ー
静寂な朝明けの中で、小鳥のさえずりだけがこだましている。
辺り一面には澄んだ水の恵みを一心にうけて、
見渡す限りどこまでも広がっている湖があった。
そんな湖のほとりに、ひとりの女性がたたずんでいた。
白装束を身に纏い、じっと湖の遠くを見つめていた。
そこへ、一羽のカラスが女性の肩へ舞い降りてきた。
「ユナ様、お呼びでございますか」
「そうね、ひとつお願いがあるわ」
女性はそう、親しげにカラスへ伝えた。
女性の名は、ユナ。
時折こうして、湖のほとりで過ごしていた。
ここに来て澄んだ水面を見ていると、
ユナに向けて水面が変化するのが分かった。
かすかに映る物影だけが頼りなのだ。
ユナは思わず呟いた。
「これは、わたしにどうしろと」
ユナは迷宮入りすることもあった。特に、今日に至っては。
ここ一週間ほど、ユナは湖の水面に全く同じ面影を
見せられていた。
無精ひげを生やした中年の男性であろうか。
ユナが懸命に記憶を辿っても、
この男性に心当たりはなかった。
ただ、何とも悲しげな男性であろうことは
手に取るようにわかった。
ユナは、カラスに付け加えてこう言った。
「この男性の正体を見てきておくれ」
そのカラスがユナのもとへ戻ったのは、
ひと月も後のことだった。
「ずいぶん、遅かったんじゃなくて」
ユナがそう言うと、カラスは答えた。
「ユナ様、もう数年前ではありますが、
この男性が住んでいる土地で、大災害が起きたのでございます。
多数の犠牲者があったそうで、男性も、大切な家族を失った
悲しみが未だ癒えずにいるのです」
男性は名を俊太郎といい、地元で家業を継いで生計を営んでいた。
幼馴染の女性と結婚し、二人の間には、6歳と3歳の、
それはもう目の中に入れても痛くない娘と息子がいたが、
災害で帰らぬ人となってしまっていた。
それからの俊太郎は、食事ものどを通らないばかりか、
意気消沈となり、茫然とした日々を送ってきた。
そんな折、幸せな出来事があった。
俊太郎に新たに娘が誕生したのだった。
俊太郎は大いに喜んで、その子に、亡くなった二人の名前から
一文字ずつとって、「美和」と名付けたそうだ。
「それは、良かったじゃないか」
ユナは安堵した表情をみせた。
「ユナ様、それが、俊太郎が言うには...」
カラスは、問題はここからですぜ、といわんばかりに続けた。
俊太郎は、友人に、こう打ち明けている。
「オレは、子供を助けることができなかったんだ!
最低の父親なのさ!
美和が成長するたびに、お姉ちゃんとお兄ちゃんに
重なって見えてきてつらいよ。
美和が、お姉ちゃんとお兄ちゃんの年齢を超えるたびに、
ああ、お姉ちゃんとお兄ちゃんが生きていれば、
こういう経験もできていただろうと思うと、
自分が情けないよ!
すべてはオレのせいなのさ!」
「そうか...」
ユナは、しばらく考え込んでカラスへ伝えた。
「悪いが、もう一度、
俊太郎のもとへ飛んで行っておくれ。
いいか、言ったとおりに...
よろしく頼んだよ」
カァ...カァ...カァ...
3日後の晩は、もう3月半ばだというのに
まだまだ冷え込みの厳しい夜だった。
俊太郎がいつも通り布団にもぐって休もうとしていると、
珍しく美和がやってきて
「美和ちゃん、今日はおとうちゃんと一緒に寝たい!」
そう言って、俊太郎の布団の中に美和が潜り込んできた。
俊太郎は一瞬驚いたが、嬉しそうに美和を招き入れた。
美和は俊太郎の横で、すぐにすやすや眠ってしまった。
大好きな父親の横で安心しきって寝入る姿は
とても可愛らしかった。
俊太郎も、しばらく美和の寝顔に見入っていたが、
美和につられて眠ってしまっていた。
「うう...」
何か美和が寝言を言ってるな、
俊太郎は美和の声で目を覚ました。
じっと美和の口元を見つめていた。
「わたしは美和。
わたしの中には2つの魂が宿っているの。
お姉ちゃんとお兄ちゃんが、わたしの中で生き続けている」
俊太郎はハッとした。
「これは...」
そのまま美和は何も言わなかった。
朝、俊太郎が起きていつものように戸を開けた。
曇り空だが、空気がいつもより澄んでいるような
清々しい朝だった。
ふと、庭の柿の木の枝に、黒い塊が潜んでいるのを
見つけた。
一羽のカラスだった。
カラスは、俊太郎と目が合うと、
カァ、カァ、カァ...
遠く彼方へ飛んで行った。
俊太郎は妻へ言った。
「今朝、カラスがよ、家の前で鳴きよった。
縁起悪いで。
昨夜は美和もヘンな寝言言ったでよ」
妻はあっけらかんとした表情で言った。
「あら、カラスって、神の使いだって聞きましたがねえ」
「えっ...」
いつしか俊太郎は、昔の災害のことをあまり嘆くことが
なくなっていった。
美和がだんだん、お姉ちゃんとお兄ちゃんの
クセとそっくりなのを、穏やかな気持ちで眺めながら、
ただ「今を生きていこう」とする
俊太郎の姿が、そこにはあった。
ーおしまいー
最後までお読みいただき、ありがとうございました。