バブルが終わり、銀座の景色は少しずつ変わり始めていた。
昨日まで華やかだった店が、ある日突然姿を消す。
そんな光景も珍しいことではなくなっていた。
それでも銀座には、新しく店を出そうとする人が後を絶たなかった。
その一方で、こんな話もよく耳にした。
「新しく開店した店が一年続くのは一割ほど」
残りの多くは、一年を待たずに看板を下ろしてしまうという。
銀座で店を続けることは、それほど厳しい世界だった。
独立を決めてからというもの、私の頭の中は新しい店のことでいっぱいだった。
まだ何も決まっていない。
それなのに、どんな店にしようかと考えているだけで胸が高鳴る。
まるで、まだ会ったこともない我が子を思い描いているようだった。
私は雅子ママから紹介された不動産屋を訪ねた。
担当してくださった金子さんは、銀座の店舗事情に詳しい方で、無駄な話をしない実直な人だった。
『ご希望を教えてください』
『資金に余裕があるわけではありませんから、小さなお店で十分です。十坪くらいで、場所は銀座八丁目が希望です』
金子さんはうなずきながら資料を広げた。
『最近は保証金も少し下がってきましたが、条件のいい物件はすぐ決まってしまいます』
何枚もの図面を見せてもらった。
地下二階の店。
古いビルの五階。
並木通り沿いの物件。
どれも悪くはない。
でも、不思議と心が動かなかった。
『もう少し見てみます』
その日も決まらなかった。
それから何度も不動産屋へ通った。
店探しは家探しとは違う。
これから自分の人生を預ける場所だと思うと、どうしても妥協できなかった。
ある日、お店で田中さんと話す機会があった。
田中さんは不動産関係のお仕事をされている常連のお客様だった。
『美月ちゃん、お店を出すんだって?』
『ええ。まだ物件を探しているところなんです』
『ママから聞いて驚いたよ』
少し間を置いて、田中さんは言った。
『でも、美月ちゃんにできるかな』
その言葉は決して意地悪ではなかった。
心配してくださっているのが伝わってきた。
『経営は想像以上に大変だよ。女の子の生活も背負うことになるし、気の休まる日はないと思う』
『そうですよね。でも、一度決めたことですから』
そう答えながらも、不安は消えなかった。
『正直、俺は心配だよ。でも応援はする』
『ありがとうございます』
私が笑うと、田中さんも笑った。
『焦らなくていい。きっと、お店のほうが美月ちゃんを選んでくれるよ』
その言葉が、なぜか心に残った。
それからも、いろいろな人に独立の話をすると、返ってくる言葉は決まっていた。
『本当に大丈夫?』
『やめたほうがいいんじゃない?』
『銀座はそんなに甘くないよ』
雅子ママだけが、私の背中を押してくれた。
その他の人は、みんな否定的だった。
だからこそ、私も何度も迷った。
本当に私でいいのだろうか。
そんな思いが、何度も胸をよぎった。
それでも、もう後戻りはできなかった。
季節は夏から秋へと移り変わっていた。
十月に開店できれば理想だと聞いていた。
けれど、肝心の店はまだ決まらない。
焦る気持ちだけが募っていく。
一方で、お店での美月も少しずつ変わっていた。
以前なら、お客様と楽しくお話をして、一日が終わればそれでよかった。
でも今は違う。
初めて席についたお客様には、勇気を出してお願いした。
『もしよろしければ、お名刺をいただけますか』
その一枚が、未来のお客様になるかもしれない。
美月は初めて、自分自身のために名刺を集め始めていた。
店を持つと決めたあの日から、美月の考え方も少しずつ変わり始めていたのだ。
毎日のように不動産屋へ通い、名刺を集め、不安になり、それでも前を向く。
歩みだけは止めなかった。
あの頃の美月は、まだ知らなかった。
この広い銀座のどこかで、美月を待っている一軒の店があることを。