【連載小説】第87話 お店が私を選ぶ日

【連載小説】第87話 お店が私を選ぶ日

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バブルが終わり、銀座の景色は少しずつ変わり始めていた。

昨日まで華やかだった店が、ある日突然姿を消す。

そんな光景も珍しいことではなくなっていた。

それでも銀座には、新しく店を出そうとする人が後を絶たなかった。

その一方で、こんな話もよく耳にした。

「新しく開店した店が一年続くのは一割ほど」

残りの多くは、一年を待たずに看板を下ろしてしまうという。

銀座で店を続けることは、それほど厳しい世界だった。

独立を決めてからというもの、私の頭の中は新しい店のことでいっぱいだった。

まだ何も決まっていない。

それなのに、どんな店にしようかと考えているだけで胸が高鳴る。

まるで、まだ会ったこともない我が子を思い描いているようだった。

私は雅子ママから紹介された不動産屋を訪ねた。

担当してくださった金子さんは、銀座の店舗事情に詳しい方で、無駄な話をしない実直な人だった。

『ご希望を教えてください』

『資金に余裕があるわけではありませんから、小さなお店で十分です。十坪くらいで、場所は銀座八丁目が希望です』

金子さんはうなずきながら資料を広げた。

『最近は保証金も少し下がってきましたが、条件のいい物件はすぐ決まってしまいます』

何枚もの図面を見せてもらった。

地下二階の店。

古いビルの五階。

並木通り沿いの物件。

どれも悪くはない。

でも、不思議と心が動かなかった。

『もう少し見てみます』

その日も決まらなかった。

それから何度も不動産屋へ通った。

店探しは家探しとは違う。

これから自分の人生を預ける場所だと思うと、どうしても妥協できなかった。

ある日、お店で田中さんと話す機会があった。

田中さんは不動産関係のお仕事をされている常連のお客様だった。

『美月ちゃん、お店を出すんだって?』

『ええ。まだ物件を探しているところなんです』

『ママから聞いて驚いたよ』

少し間を置いて、田中さんは言った。

『でも、美月ちゃんにできるかな』

その言葉は決して意地悪ではなかった。

心配してくださっているのが伝わってきた。

『経営は想像以上に大変だよ。女の子の生活も背負うことになるし、気の休まる日はないと思う』

『そうですよね。でも、一度決めたことですから』

そう答えながらも、不安は消えなかった。

『正直、俺は心配だよ。でも応援はする』

『ありがとうございます』

私が笑うと、田中さんも笑った。

『焦らなくていい。きっと、お店のほうが美月ちゃんを選んでくれるよ』

その言葉が、なぜか心に残った。

それからも、いろいろな人に独立の話をすると、返ってくる言葉は決まっていた。

『本当に大丈夫?』

『やめたほうがいいんじゃない?』

『銀座はそんなに甘くないよ』

雅子ママだけが、私の背中を押してくれた。

その他の人は、みんな否定的だった。

だからこそ、私も何度も迷った。

本当に私でいいのだろうか。

そんな思いが、何度も胸をよぎった。

それでも、もう後戻りはできなかった。

季節は夏から秋へと移り変わっていた。

十月に開店できれば理想だと聞いていた。

けれど、肝心の店はまだ決まらない。

焦る気持ちだけが募っていく。

一方で、お店での美月も少しずつ変わっていた。

以前なら、お客様と楽しくお話をして、一日が終わればそれでよかった。

でも今は違う。

初めて席についたお客様には、勇気を出してお願いした。

『もしよろしければ、お名刺をいただけますか』

その一枚が、未来のお客様になるかもしれない。

美月は初めて、自分自身のために名刺を集め始めていた。

店を持つと決めたあの日から、美月の考え方も少しずつ変わり始めていたのだ。

毎日のように不動産屋へ通い、名刺を集め、不安になり、それでも前を向く。

歩みだけは止めなかった。

あの頃の美月は、まだ知らなかった。

この広い銀座のどこかで、美月を待っている一軒の店があることを。

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