【連載小説】第80話 笑顔の仮面

【連載小説】第80話 笑顔の仮面

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銀座の夜は毎日がお祭りのようだった。

店は連日満席。

予約を断ることも珍しくない。

シャンパンが飛び交い、笑い声が絶えず、街全体が浮かれていた。

今振り返ると、まるで幻のような時代だった。

そんなある日。

『今日から入店する、さゆりさんです』

月例ミーティングで紹介された新人は、小柄で童顔の可愛らしい女の子だった。

年齢は二十二、三歳。

派手な美人ではない。

けれど不思議と目を引く魅力があった。

どこか守ってあげたくなるような雰囲気。

それでいて、その奥に何か隠しているような影も感じた。

初日からお客様の評判は上々だった。

愛嬌があり、素直で、人懐っこい。

どの席でも可愛がられた。

『いい子が入ったね』

そんな声を何度も聞いた。

新人が入ると店の空気が変わる。

常連客にとっても刺激になる。

さゆりはあっという間に人気者になっていった。

ところが店の中では別の空気が流れ始めていた。

売上上位のお姉さんたちが、露骨にさゆりを避け始めたのだ。

中でも恵子さんはひどかった。

目も合わせない。

話しかけても返事をしない。

完全な無視だった。

けれど、さゆりは気にする様子もない。

いつもニコニコしていた。

その笑顔が余計に相手を苛立たせるようにも見えた。

『誰がここに来るように言ったの?』

『マネージャーが……』

『あっそ』

別の席でも同じだった。

古株の女性たちは、さゆりが近づくだけで顔を曇らせた。

若さ。

可愛らしさ。

そして男心を掴む天性の愛嬌。

それが脅威だったのだろう。

だが美月には理解できなかった。

こんなに感じの良い子なのに。

なぜここまで嫌われるのだろう。

だからこそ、できるだけ自分の席へ呼んだ。

少しでも居心地の良い場所を作ってあげたかった。

そんなある夜だった。

恵子さんの一番大切なお客様。

井上さんという商社マンの席でのこと。

恵子さんが席を外した瞬間。

さゆりは井上さんに何かを耳打ちした。

その内容は聞こえなかった。

けれど井上さんの表情だけは忘れられない。

驚き。

戸惑い。

そして笑顔。

何かが動いた。

そんな気がした。

数日後。

井上さんは渋谷のホテルにいた。

向かいには、さゆり。

『本当にいいのかい?』

井上さんはどこか落ち着かない様子だった。

『私、井上さんのこと好きなの』

さゆりは無邪気に笑った。

その笑顔はあまりにも自然だった。

疑う余地もないほどに。

『でも、最近、会ったばかりだろ?』

『だから何ですか?』

井上さんは嬉しそうに笑った。

中年の男が若い女性から好意を向けられる。

それだけで舞い上がってしまうのかもしれない。

『じゃあ先に風呂入ってくるよ』

『はーい』

井上さんは上機嫌で浴室へ向かった。

そして。

ドアが閉まった瞬間。

さゆりの表情が消えた。

笑顔もない。

愛嬌もない。

無邪気さもない。

まるで別人だった。

さゆりは静かにバッグを持つと、

一度も振り返らず部屋を出て行った。

その後ろ姿は、

まるで最初から何もなかったかのようだった。

誰も知らなかった。

その小さな体の中に、

どれほど深い闇が潜んでいたのかを。
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