銀座の夜は毎日がお祭りのようだった。
店は連日満席。
予約を断ることも珍しくない。
シャンパンが飛び交い、笑い声が絶えず、街全体が浮かれていた。
今振り返ると、まるで幻のような時代だった。
そんなある日。
『今日から入店する、さゆりさんです』
月例ミーティングで紹介された新人は、小柄で童顔の可愛らしい女の子だった。
年齢は二十二、三歳。
派手な美人ではない。
けれど不思議と目を引く魅力があった。
どこか守ってあげたくなるような雰囲気。
それでいて、その奥に何か隠しているような影も感じた。
初日からお客様の評判は上々だった。
愛嬌があり、素直で、人懐っこい。
どの席でも可愛がられた。
『いい子が入ったね』
そんな声を何度も聞いた。
新人が入ると店の空気が変わる。
常連客にとっても刺激になる。
さゆりはあっという間に人気者になっていった。
ところが店の中では別の空気が流れ始めていた。
売上上位のお姉さんたちが、露骨にさゆりを避け始めたのだ。
中でも恵子さんはひどかった。
目も合わせない。
話しかけても返事をしない。
完全な無視だった。
けれど、さゆりは気にする様子もない。
いつもニコニコしていた。
その笑顔が余計に相手を苛立たせるようにも見えた。
『誰がここに来るように言ったの?』
『マネージャーが……』
『あっそ』
別の席でも同じだった。
古株の女性たちは、さゆりが近づくだけで顔を曇らせた。
若さ。
可愛らしさ。
そして男心を掴む天性の愛嬌。
それが脅威だったのだろう。
だが美月には理解できなかった。
こんなに感じの良い子なのに。
なぜここまで嫌われるのだろう。
だからこそ、できるだけ自分の席へ呼んだ。
少しでも居心地の良い場所を作ってあげたかった。
そんなある夜だった。
恵子さんの一番大切なお客様。
井上さんという商社マンの席でのこと。
恵子さんが席を外した瞬間。
さゆりは井上さんに何かを耳打ちした。
その内容は聞こえなかった。
けれど井上さんの表情だけは忘れられない。
驚き。
戸惑い。
そして笑顔。
何かが動いた。
そんな気がした。
数日後。
井上さんは渋谷のホテルにいた。
向かいには、さゆり。
『本当にいいのかい?』
井上さんはどこか落ち着かない様子だった。
『私、井上さんのこと好きなの』
さゆりは無邪気に笑った。
その笑顔はあまりにも自然だった。
疑う余地もないほどに。
『でも、最近、会ったばかりだろ?』
『だから何ですか?』
井上さんは嬉しそうに笑った。
中年の男が若い女性から好意を向けられる。
それだけで舞い上がってしまうのかもしれない。
『じゃあ先に風呂入ってくるよ』
『はーい』
井上さんは上機嫌で浴室へ向かった。
そして。
ドアが閉まった瞬間。
さゆりの表情が消えた。
笑顔もない。
愛嬌もない。
無邪気さもない。
まるで別人だった。
さゆりは静かにバッグを持つと、
一度も振り返らず部屋を出て行った。
その後ろ姿は、
まるで最初から何もなかったかのようだった。
誰も知らなかった。
その小さな体の中に、
どれほど深い闇が潜んでいたのかを。