【連載小説】第79話 待ち続けた果てに

【連載小説】第79話 待ち続けた果てに

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小夜ちゃんが無断欠勤した翌日も、美月は落ち着かなかった。

あの夜の電話。

泣き叫ぶ声。

何度も繰り返された同じ言葉。

どうしても胸騒ぎがして、仕事帰りに小夜ちゃんのマンションへ向かった。

「ピンポーン」

返事はない。

もう一度だけ押してみる。

「ピンポーン」

しばらくして、

カチャ――

小さな音とともにドアが開いた。

「小夜ちゃん……」

思わず言葉を失った。

髪は乱れ、目は真っ赤に腫れ上がり、どこを見ているのか分からないほど虚ろだった。

けれど美月は何も言わなかった。

その顔を見ただけで、何があったのか大体分かってしまったからだ。

「入って」

小夜ちゃんは力なく言った。

部屋の中も相変わらず散らかっていたが、それ以上に部屋全体が沈んだ空気に包まれていた。

「今日、お店休んだでしょう。店長、怒ってたわよ」

「もういいの……」

小夜ちゃんはぽつりと呟いた。

「私なんて、誰にも必要とされてないから」

「そんなこと言わないで。何があったの?」

しばらく黙っていた小夜ちゃんは、やがて観念したように話し始めた。

「昨日から何度も伊藤さんに電話したの」

「うん」

「でも出てくれなくて……」

小夜ちゃんは震える声で続けた。

「気がついたら、自宅にまで電話しちゃったの」

美月は息を飲んだ。

「そしたらね……」

小夜ちゃんは目を伏せた。

「もういい加減にしてくれって怒られた」

静かな部屋に、その言葉だけが重く落ちた。

「私はただ会いたかっただけなのに」

「……」

「迷惑かけるつもりなんてなかったのに」

涙がぽろぽろと零れ落ちる。

「もう来ないって言われた」

美月は返す言葉を失った。

慰めようとしても、どんな言葉も薄っぺらく思えた。

「私ね」

小夜ちゃんは笑った。

泣いているのに笑った。

「いつもこうなの」

「好きになると止まらなくなる」

「……」

「相手しか見えなくなる」

そして力なく続けた。

「だから捨てられるの」

その夜、美月は小夜ちゃんを一人にして帰れなかった。

二人でお酒を飲みながら、朝まで話を聞いた。

伊藤さんのこと。

礼子さんのこと。

どうしても欲しかった愛情のこと。

その姿を見ながら、美月は雅子ママの言葉を思い出していた。

「本気で好きになりなさい」

夜の世界では、そんな教えがある。

けれどそれは恋愛の話ではない。

仕事としての覚悟の話だ。

恋と執着は似ている。

けれどまったく違う。

小夜ちゃんは優しい人だった。

料理が上手で、人に尽くすことが好きで、

誰かのために何かをしている時が一番幸せそうだった。

だけど愛されたい気持ちが強すぎるあまり、

いつしか相手を追いかけることが愛だと思ってしまった。

数か月後。

小夜ちゃんは銀座を去った。

故郷の金沢へ帰り、

地元の男性と結婚したと風の便りで聞いた。

今頃はきっと、

誰かのために美味しい料理を作っているのだろう。

一方、伊藤さんは再び礼子さんのもとへ戻った。

何事もなかったかのように店へ現れる。

その姿を見るたびに、

美月の脳裏にはあの日の小夜ちゃんの顔が浮かんだ。

待ち続けた果てに、

自分を見失ってしまった女性の顔が。

そしてそんなある日――

『クラブ・ヴィーナス』に、一人の新人が入店してきた。

名前は、

さゆり。

その瞳の奥には、

誰にも見せない深い闇が隠されていた。
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