銀座で働くようになって分かったことがある。
お客様には大きく分けて三種類の人がいた。
仕事で来る人。
仲間と楽しむ人。
そして誰か一人の女性に会いに来る人。
同じお酒を飲んでいても、
目的はまったく違う。
銀座はお酒を売る場所ではない。
人と人との時間を売る場所なのだ。
だから三時間半の勤務時間は短いようで長い。
一つの言葉。
一つの表情。
一つの空気。
その全てに神経を張り巡らせる。
失敗は許されない。
けれどその緊張感が、
いつしか心地良くなってくる。
銀座には不思議な魔力があった。
そんな頃、
美月には仲の良い先輩ができた。
和美ちゃんだった。
派手な銀座には珍しく、
家庭的で穏やかな女性だった。
なぜこの世界にいるのだろう。
そう思うほど優しかった。
帰り道も同じ方向だったことから、
二人は自然と親しくなった。
そしてある日、
和美ちゃんに誘われて錦糸町へ行くことになった。
理由は少し変わっていた。
和美ちゃんにはホストの恋人がいたのだ。
ホストクラブは想像以上だった。
豪華な内装。
煌びやかな照明。
まるで別世界だった。
けれど実際に中へ入ると、
意外にも普通の若者たちがいた。
笑い、
愚痴を言い、
仲間と騒ぐ。
そこにはテレビで見るような派手さより、
同じ夜の世界で働く人間たちの日常があった。
『この世界も楽じゃないですよ』
和美ちゃんの恋人、心さんはそう言った。
『嫉妬もあるし嫌がらせもある。
結局どこも同じなんです』
その言葉に美月は妙に納得した。
銀座もそうだった。
華やかに見える場所ほど、
人知れない苦労が隠れている。
その夜、
心さんが紹介してくれたヒロという青年と話した。
どこにでもいそうな、
気の良い青年だった。
ホストというより、
近所のお兄さんのような人だった。
美月は少し拍子抜けした。
夜の世界にはもっと特別な人がいると思っていたからだ。
けれど特別に見える人も、
結局は普通の人間なのだ。
その日を境に、
和美ちゃんとの付き合いはさらに深くなった。
そう思っていた。
だが人生は時々、
何の前触れもなく人を連れ去る。
数ヶ月後。
和美ちゃんは突然いなくなった。
大阪へ行ったという噂だけが残った。
恋人だった心さんも。
働いていた店も。
住んでいた部屋も。
全てを捨てるように姿を消した。
理由を知る人はいなかった。
残されたのは、
突然途切れた時間だけだった。
いったい和美ちゃんに何が起きたのだろう。