【連載小説】第66話 銀座の落とし穴

【連載小説】第66話 銀座の落とし穴

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新年のミーティングは終わった。

いや、終わったというより嵐が通り過ぎたと言ったほうが正しい。

環ママの叱責は一時間近く続き、
店内には重苦しい空気だけが残っていた。

涙を流している女性もいる。

誰も顔を上げようとしない。

美月はちらりと雅子ママを見た。

表情は変わらない。

けれど現場を任される立場として、
その胸中が穏やかでないことだけは伝わってきた。

美月自身はまだ環ママとの付き合いが浅く、

なぜそこまで怒るのか正直よく分からなかった。

だが話を聞いているうちに少しだけ理解できた。

環ママが怒っていたのは着物ではない。

銀座の女としての誇りだった。

当時の銀座では仕事始めの日になると、
新日本髪を結い、稲穂や華やかな髪飾りを挿し、
黒留袖や格の高い着物で新年を迎えるのが慣例だった。

それが今年のゴールドでは、
偶然にも誰一人そうしていなかった。

環ママの怒りはそこに向けられていた。

『銀座とは何か。
何が大切なのか。

来月、一人ずつ聞きますからね』

そう言い残して環ママは席を立った。

店内には重い沈黙だけが残された。

ミーティングの後は、
恒例のお弁当の時間だった。

本来なら賑やかな時間のはずなのに、
誰も大きな声を出さない。

『ねえ、美月ちゃん』

隣の和美ちゃんが小さな声で言った。

『私たち、本当に答えなきゃいけないのかな』

『全員って言ってたものね』

『でもさ・・・』

和美ちゃんは周囲を見回してから続けた。

『あれって雅子ママに直接言えないことを、
私たちを通して言っただけじゃないのかな』

美月は思わず苦笑した。

銀座は華やかに見える。

けれど人が集まる場所には、
やはり人間関係があるのだ。

それから数日後。

店に入った瞬間、
いつもと違うざわめきが聞こえた。

『嘘でしょう?』

『信じられない』

『あの人よね?』

女性たちが一冊の週刊誌を囲んでいた。

何事かと思い覗いてみる。

そこには見覚えのある顔が載っていた。

つい最近まで同じ店で働いていた女性だった。

名前も経歴も変わっている。

けれど間違いない。

誰もが息を呑んだ。

どうしてそんな選択をしたのか。

何があったのか。

本当の理由を知る者はいなかった。

ただ、その日初めて美月は銀座の裏側を知った。

銀座は華やかな街だった。

高級な着物。

ブランドのバッグ。

高層マンション。

誰もが憧れる生活。

けれどその輝きの裏には、
誰にも見えない重圧も存在していた。

売上を追いかける者。

指名を守ろうとする者。

お客様との信頼に人生を懸ける者。

成功すれば大きな世界が開く。

だが一歩間違えば、
足元から崩れていくこともある。

その現実を知った時、

美月は背筋が冷たくなるのを感じた。

銀座は夢の街だと思っていた。

けれど夢だけでは生きていけない。

光が強い場所ほど、
影もまた濃いのだ。

その日、美月は初めて知った。

銀座には華やかな表舞台だけではなく、

誰にも語られない落とし穴があることを。

そして心の中でそっと決めた。

派手な競争には加わらない。

焦らない。

まずはこの街で生き残ろう。

それが今の自分にできる、
たった一つの目標だった。
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