新年のミーティングは終わった。
いや、終わったというより嵐が通り過ぎたと言ったほうが正しい。
環ママの叱責は一時間近く続き、
店内には重苦しい空気だけが残っていた。
涙を流している女性もいる。
誰も顔を上げようとしない。
美月はちらりと雅子ママを見た。
表情は変わらない。
けれど現場を任される立場として、
その胸中が穏やかでないことだけは伝わってきた。
美月自身はまだ環ママとの付き合いが浅く、
なぜそこまで怒るのか正直よく分からなかった。
だが話を聞いているうちに少しだけ理解できた。
環ママが怒っていたのは着物ではない。
銀座の女としての誇りだった。
当時の銀座では仕事始めの日になると、
新日本髪を結い、稲穂や華やかな髪飾りを挿し、
黒留袖や格の高い着物で新年を迎えるのが慣例だった。
それが今年のゴールドでは、
偶然にも誰一人そうしていなかった。
環ママの怒りはそこに向けられていた。
『銀座とは何か。
何が大切なのか。
来月、一人ずつ聞きますからね』
そう言い残して環ママは席を立った。
店内には重い沈黙だけが残された。
ミーティングの後は、
恒例のお弁当の時間だった。
本来なら賑やかな時間のはずなのに、
誰も大きな声を出さない。
『ねえ、美月ちゃん』
隣の和美ちゃんが小さな声で言った。
『私たち、本当に答えなきゃいけないのかな』
『全員って言ってたものね』
『でもさ・・・』
和美ちゃんは周囲を見回してから続けた。
『あれって雅子ママに直接言えないことを、
私たちを通して言っただけじゃないのかな』
美月は思わず苦笑した。
銀座は華やかに見える。
けれど人が集まる場所には、
やはり人間関係があるのだ。
それから数日後。
店に入った瞬間、
いつもと違うざわめきが聞こえた。
『嘘でしょう?』
『信じられない』
『あの人よね?』
女性たちが一冊の週刊誌を囲んでいた。
何事かと思い覗いてみる。
そこには見覚えのある顔が載っていた。
つい最近まで同じ店で働いていた女性だった。
名前も経歴も変わっている。
けれど間違いない。
誰もが息を呑んだ。
どうしてそんな選択をしたのか。
何があったのか。
本当の理由を知る者はいなかった。
ただ、その日初めて美月は銀座の裏側を知った。
銀座は華やかな街だった。
高級な着物。
ブランドのバッグ。
高層マンション。
誰もが憧れる生活。
けれどその輝きの裏には、
誰にも見えない重圧も存在していた。
売上を追いかける者。
指名を守ろうとする者。
お客様との信頼に人生を懸ける者。
成功すれば大きな世界が開く。
だが一歩間違えば、
足元から崩れていくこともある。
その現実を知った時、
美月は背筋が冷たくなるのを感じた。
銀座は夢の街だと思っていた。
けれど夢だけでは生きていけない。
光が強い場所ほど、
影もまた濃いのだ。
その日、美月は初めて知った。
銀座には華やかな表舞台だけではなく、
誰にも語られない落とし穴があることを。
そして心の中でそっと決めた。
派手な競争には加わらない。
焦らない。
まずはこの街で生き残ろう。
それが今の自分にできる、
たった一つの目標だった。