萌は思春期を迎える年齢になっていた。
『ねえ恒さん私って生まれてきて良かったのかな?』
『まあお嬢様いきなり何を言うの?
こんな年寄りを嚇かさないでくださいよ』
『だって、、、』
『この世の中生まれて良くない人間なんて一人もいやしないですよ。
ましてやお嬢様は奥様がどれだけ大事に思ってるか
何があっても世界がどうなっても奥様と微力ながらこの恒が
守ってさしあげますよ』
と恒さんは萌のうつろな目が気になって仕方がなかった。
『何か気になることでもあるの?』
『別になんでもないわ』
『恒の目はごまかされませんよ。
そんな顔している時は何かあるに決まってますよ』
『まあね、ここだけの話しよ、ママには言わないで、
それが来週の土曜日に父親参観日があるの。
みんなで自分の父親自慢ばっかりでさ、やんなっちゃう。
学校なんか行きたくないって感じ』
『そういうことだったのですね。
分かりました!私にいい考えがありますよ。
私が男装して授業参観に行くのはどうですか?』
『もう恒さんたらみんなに笑われちゃうわ』
『駄目ですか』
と一緒に笑いながら萌の気持ちが痛いほど分かった。
『恒さん今日も遅くなるの。先に休んでちょうだいね』
『はい奥様、あの、一言宜しいですか?』
『今日も大事なお客様と食事の約束があるから急いでるのよ』
『そうですよね。またにします』
『いいわよ、ちゃんと聞くからここに座って』
『いいんですか?』
『いいって、恒さんがそんな顔してるの珍しいから』
『それがお嬢さまのことです』
『萌?どうしたの?』
『それが昨日の晩にいきなり
私、生まれてきてよかったのかって聞かれて驚きましたよ』
『萌がそんなことを言ってたの?』
『来週、父親参観日があって他の子が羨ましいって言ってました』
『父親参観日?』
雅子は時計を見た。
『そんなもの、出られない家庭もあるでしょう』
と慌ただしく話しを終えた。
萌の寂しさより、
自分の予定が先に浮かんでしまうのだった。
ある時『ゴールド』でも1.2位を争うお客様で
権藤さんという得体の知れない人がいた。
その権藤さんから内密に話したいことがあるからと
赤坂の料亭へ車まで用意するという念の入れようで
かえってそれが不気味な感じがして躊躇したが
雅子の中の声がなぜか行くようにと言っていた。
赤坂の料亭は、
音が吸い込まれるように静かだった。
政治と金の匂いがする場所。
酔いが回る頃、
権藤は雅子をじっと見ていた。
『君は、自分が何を望んでいるか分かっている目だね』
その言葉に、
雅子は杯を置いた。
引き返せる。
今なら引き返せる。
でも、
萌の顔が一瞬よぎり
すぐに消えた。
『損をさせませんか?』
試すように言った。
『わしは約束を破らん男だ』
その声に迷いがなかった。
雅子は静かに立ち上がった。
選んだのは、
抱かれることではなく
力だった。
その夜、
雅子はまた何かを置いてきた。
代わりに手に入れたのは
揺るがぬ後ろ盾。
そして数年後、
ゴールドの頂点に
雅子の名が刻まれる。
だがその頃、
萌はもう子供ではなかった。