「どうして私ばかり頑張っているんだろう」職場でそう思ったとき、怒りの奥にあった気持ち

「どうして私ばかり頑張っているんだろう」職場でそう思ったとき、怒りの奥にあった気持ち

記事
コラム

「どうして私ばかり頑張っているんだろう」

職場でそう思ったとき、
怒りの奥にあった気持ち

「どうして私ばかり、
こんなに頑張っているんだろう」

仕事をしていて、
そんなふうに思ったことは
ありませんか。


人が足りないから、
休まずに働く。

忙しそうな人がいたら、
自分の仕事でなくても手伝う。

誰もやらないことに気づいたら、
自分がやる。


それなのに。


あまり動いていないように見える人が
評価される。

上司と話すのが上手な人が
認められる。

こちらが必死で働いていても、
それは「いつものこと」として
流される。


そんなことが続くと、

「真面目にやっているのが馬鹿らしい」

と思うこともあります。


私は看護師として
30年以上働いてきました。

振り返れば、
今でも思い出すと
悔しくなることがあります。


でも今になって思うのです。

私はあのとき、
仕事が大変だったことだけに
腹を立てていたのだろうか、と。


 頑張っている人が、必ず評価されるとは限りません


「真面目にやっていれば、
いつか誰かが見てくれる」

そう言ってもらうと、
少し救われることがあります。


でも私は、
簡単にはそう言いたくありません。


実際には、
一生懸命やっていても
評価されないことがあります。

頑張っている人ほど、

「あの人ならやってくれる」

と思われてしまうこともあります。


反対に、
普段あまりやらない人が
何かをすると、

「ありがとう」

「助かった」

と言われる。


そんな場面を見れば、

「私はずっとやっているのに」

と思いますよね。


だから、

「人の評価なんて気にしなければいい」

とも思いません。


一生懸命やったことを
認めてもらえたら、
やっぱり嬉しい。

誰にも見てもらえなければ、
寂しい。

納得できない評価には、
腹も立つ。


まずは、
そんな自分の気持ちまで
否定しなくていいのだと思います。


本当に欲しかったのは、「ありがとう」だったのでしょうか


以前の私は、

「どうしてあの人はやらないの?」

「あの人より私のほうが動いているのに」

と腹を立てることがありました。


もちろん、
仕事量の違いに
腹を立てていたこともあります。


でも、
不思議なこともありました。


ものすごく忙しい日でも、

「今日、大変だったね」

「助かったよ」

そんな一言を誰かからもらうだけで、
少し気持ちが違ったのです。


仕事が減ったわけではありません。

疲れが取れたわけでもありません。


それでも、

「見てくれていたんだ」

と思える。


逆に、
どれだけ動いても、

「あなたがやるのは当たり前」

というように扱われると、
同じ仕事でもしんどくなる。


もしかすると私は、

「仕事を減らしてほしい」

だけではなく、

「私がやっていることを、ちゃんと見てほしい」

と思っていたのかもしれません。


「どうして私ばかり」のあとに、「本当は……」をつけてみる


もし今、

「どうして私ばかり」

と思っているなら、
その言葉のあとに、

「本当は……」

と続けてみてください。


「どうして私ばかり。
本当は……」


何が出てくるでしょう。


「少しは手伝ってほしい」

かもしれません。

「私だって休みたい」

かもしれない。

「ちゃんと評価してほしい」

かもしれません。

「ありがとうと言ってほしい」

かもしれない。


あるいは、

「もう頑張りたくない」

かもしれません。


それも、
大切な気持ちです。


怒りというのは、
とても目立つ感情です。


「あの人に腹が立つ」

「上司が嫌い」

「あの人ばかり得をしている」


そんな言葉が
最初に出てくることがあります。


でも、
その奥には、

悲しかった。

悔しかった。

分かってほしかった。

助けてほしかった。

もうしんどかった。


そんな気持ちが
隠れていることもあります。


だから、
怒っている自分を責めるより、

「私は、何にこんなに傷ついているんだろう」

と考えてみる。


そこから見えてくるものも
あると思います。


自分の「当たり前」は、みんなの「当たり前」ではありません


私は仕事をしているとき、

人が足りなければ、
いる人で何とかする。

困っている患者さんがいれば動く。

一緒に働いている人が大変そうなら、
できることをする。


そう考えるほうでした。


でも、
長く働いていると、
本当にいろいろな人がいます。


「自分の仕事はここまで」

と考える人もいる。

「無理をしてまで働く必要はない」

と考える人もいる。


現場で動くことを
大切にする人もいれば、

別のことを
大切にする人もいる。


何を「仕事ができる」と考えるのかさえ、
人によって違います。


育ってきた環境。

これまでの経験。

仕事への考え方。

大切にしていること。


人それぞれ違います。


だから、
自分にとっての、

「普通はこうするでしょう」

が、
相手には通じないことがあります。


でも、
ここで気をつけたいことがあります。


「相手には相手の考え方がある」と理解することと、「だから私が全部我慢すればいい」は同じではありません。


相手を変えられないからといって、
自分の気持ちまで
なかったことにしなくていい。


「私は嫌だった」

「悔しかった」

「これはしんどい」


そこは、
自分だけでも
分かってあげていいと思います。


「頑張らなければいい」と言われても、それも簡単ではありません


真面目に頑張りすぎている人に、

「もっと適当にやればいいよ」

と言うのは簡単です。


でも、
できないこともあります。


目の前に困っている人がいる。

誰かがやらなければならない。

自分にはできる。


そう思えば、
動いてしまう人もいます。


私もそうでした。


看護師として働いていたので、
目の前に患者さんがいれば、

「あの人もやらないから、
私もやらない」

とは、
なかなか思えませんでした。


責任のある仕事を任されたら、
きちんとやりたい。

患者さんに必要なことなら、
できる限りやりたい。


それは、

「いい人だと思われたい」

からではありません。


自分が、そういう看護師でいたかったからです。 


だから私は、

「頑張る人は損だから、
もう頑張らなくていい」

とも思いません。


自分が大切にしているものまで
捨てる必要はないと思うからです。


それでも、見てくれていた人はいました


職場では、
つらい人間関係も経験しました。

納得できないこともありました。


そんなときは、

「これは仕事」

と割り切って、
相手とは必要な距離を取る。


仕事に必要なことはするけれど、
無理に分かり合おうとはしない。


そんなふうに
働いた時期もあります。


それでも、
患者さんには向き合う。

自分の仕事はきちんとする。

医師や他部署の人たちとも、
必要な連携をする。


そうやって働いていると、
見てくれている人もいました。


患者さんから
感謝していただいたこと。

医師や他部署の方から、
信頼してもらえていると感じたこと。

慕ってくれた後輩たち。


そして、
30年以上勤めた病院を辞めるとき。


「もっと一緒に働きたかった」

と言ってくれた人がいました。


若いスタッフから、

「本当に寂しいです」

「いなくなるのは辛いです」

と言ってもらったこともありました。


先生方からも、
優しい言葉をいただきました。


そのとき、

**見てくれていた人は、ちゃんといたんだな** 

と思いました。


 見てくれなかった人ばかりを見ていたのかもしれません


人は不思議なもので、

10人が認めてくれていても、

一番認めてほしい一人から
認めてもらえないと、

その一人のことばかり
考えてしまうことがあります。


「あの人はどうして
分かってくれないんだろう」

「あの人は私を
どう思っているんだろう」


私にも、
そんなところがあったと思います。


でも今振り返ると、

見てくれなかった人だけではなく、
見てくれていた人もいた。


これは、
とても大切なことだったと
思っています。


**見てくれなかった人の評価だけで、見てくれていた人たちの存在まで消さなくていい。** 


そして、

評価されなかったことと、自分がしてきた仕事に価値がなかったことは同じではありません。


誰かが認めてくれなかったからといって、
あなたがしてきたことまで
なくなるわけではありません。


## だからといって、限界まで頑張らなくていい

ここも、
私が伝えたいことです。


私は30年以上勤めた病院を、
最終的には辞めました。


コロナ禍も経験しました。

急性期や救急外来で働き、
年齢とともに
体力的な厳しさも
感じるようになっていました。


家では、
老犬のこと。

義家族のこと。


仕事だけを考えていればいい
生活でもなくなっていました。


いろいろなことを考えて、
辞めることを選びました。


だから私は、

「見てくれている人は必ずいるから、
もっと頑張って」

とは言いたくありません。


自分が大切にしていることを守ることと、自分を限界まで使い続けることは違います。


頑張りたいと思うなら、
頑張ってもいい。


でも、

「もう十分やった」

と思ったときには、
自分を守ることを考えてもいい。


誰かから、

「もう辞めていいよ」

と言ってもらうまで、
頑張り続けなくてもいいと思います。


自分の気持ちが分からなくなったときには


長く我慢していると、

「私はどうしたいの?」

と聞かれても、
分からなくなることがあります。


辞めたいのか。

まだ続けたいのか。

相手に変わってほしいのか。

ただ分かってほしいのか。

腹が立っているのか。

悲しいのか。


いろいろな気持ちが絡まって、

「もう分からない」

となることもあります。


そんなとき、
すぐに答えを決めなくても
いいと思います。


まず、

「私は何がつらかったんだろう」

「本当はどうしてほしかったんだろう」

と、
一つずつ見ていく。


それでも一人では
同じところをぐるぐるしてしまうときには、

誰かと一緒に整理する方法もあります。


私はココナラで、
看護師として30年以上
人と関わってきた経験と

タロットを使いながら、

悩みや絡まった気持ちを
一緒に紐解くお手伝いをしています。


未来を一方的に
決めるための占いではありません。


今の気持ちや状況を見ながら、

「私は、本当はどうしたいんだろう」

を一緒に探していくために、
タロットも使っています。


また、
話しながら整理するより、

自分のペースで
言葉を受け取りたい方には、

お手紙という形も
ご用意しています。


あとから何度でも読み返しながら、
自分の気持ちを
考えていただけます。


話しながら、タロットも使って整理してみたい方へ



自分のペースで言葉を受け取り、あとから読み返したい方へ



 最後に


もし今、

「どうして私ばかり」

「こんなに頑張っているのに」

と思っているなら。


「そんなことを気にする自分が悪い」

と、
自分まで責めなくていいと思います。


悔しかったことは、
悔しかった。

分かってほしかったことは、
分かってほしかった。


まずは、
それでいい。


そして少しだけ、

「私は、本当は何がつらかったんだろう」

と自分に聞いてみてください。


誰かの評価を変えることは、
難しいかもしれません。

相手の考え方も、
簡単には変わらないかもしれません。


でも、

評価されなかったことと、あなたがしてきたことに価値がなかったことは同じではありません。


見てくれなかった人だけではなく、
見てくれていた人はいなかったでしょうか。


そして、
もうしんどいなら。


自分を守ることも
考えていい。


ずっと周りを見て、
周りのために動いてきた人ほど。


ときどきは、

「私は、どうしたら後悔しないだろう」

と、
自分のことも
見てあげてほしいと思います。
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