「AIによる技術的失業と雇用の未来」鹿児島大学法文学部後期2021年

「AIによる技術的失業と雇用の未来」鹿児島大学法文学部後期2021年

記事
学び

(1)問題


以下の課題文を読んで,次の設問に答えなさい。
問1 課題文を要約しなさい。

問2 汎用Al(人工知能)や汎用ロボット,よりも人間が優位性を発揮できる能力にはどのようなものがあるだろうか。具体的な仕事の例を挙げながらあなたの考えを論じなさい。(400字以上600字以内)
①多くの先進国では,1960年代,70年代に家電製品などの工業製品が普及し尽くしたことにより,工業化の時代は終わっています。つまり,全産業に占める工業の割合が減少に転じて,その代わりにサービス業(小売・金融・保険業など)の割合が増大しています。

②今では,日本のGDPに占めるサービス業の割合は約7割です。未だに日本を工業立国のように思っている人がいるかもしれませんが,少なくともシェアの面ではサービス業中心の経済に転換しています。

③工業では,ロボットなどの機械を導入することによるオートメーション化(自動化)が早くから進んでいましたが,商品の販売やヘアーカットは人間が務めるしかありませんでした。

④サービス業は「労働集約型産業」であるがために,ほとんど生産性が上昇しない分野だったというわけです。「労働集約型産業」というのは,人間の労働力に依存した産業という意味です。

⑤アメリカでは1927年リーバイスのジーンズの値段は女性のヘアーカット代のおよそ13倍でしたが,1997年にはそれが3倍にまで縮まりました。

⑥ジーンズの相対価格が下がる理由は,生産を機械化できるので機械の進歩に応じて幾らでも生産を効率化できるということです。生産の効率化に伴って人手が掛からなくなるので価格を下げることができるようになります。ヘアーカットは今のところ人が行うしかないので,生産を効率化できません。一回のカットに1時間掛かるといった手間は,100年前も今もほとんど変わりないわけです。その場合,一人の時給以下にカット代が下がることはあり得ません。

⑦工業では技術進歩が速く,サービス業では技術進歩が遅いと言えます。それがために,工業が占める雇用の割合は減り,サービス業の割合は増えました。逆ではないことに注意してください。

⑧「技術進歩は経済成長をもたらし,雇用を増やす。」と考える人は少なくありません。しかし,技術進歩は一般に経済成長をもたらす一方で,労働を節約し雇用を減らす効果を持ちます。

⑨ある部門の技術進歩が雇用を減少させないとすれば,それは需要が増加する場合に限られます。冷蔵庫や掃除機などの工業製品が普及し尽くして,需要が飽和したならば,工業の技術進歩は雇用を減少させます。

⑩1970年代以降の工業の相対的縮小期であっても,幸いサービス業の労働需要が増大し,余剰人員がサービス業へ労働移動したため,技術的失業(注1)が顕著に増大する事態は避けられました。

⑪ただし,労働集約型産業であるサービス業は生産性上昇率が低いので,サービス業のシェアが増大するということは,マクロ経済全体での生産性上昇率が低くなるということを意味しています。

⑫したがって,現代の日本のようなサービス業の割合の大きい国で,マクロ経済全体の生産性上昇率を高くしようと思ったら,サービス業における生産性上昇率を向上させる必要があります。

⑬蒸気機関や電気モータは,運送業以外のサービス業の生産性の向上にそれほど貢献しそうにはありません。しかし,第三次産業革命のGPT(注2)であるコンピュータやインターネットから派生した技術(情報通信技術 (ICT)以下「情報技術」とする)は,サービス業全般の生産性を向上させる可能性を持ちます。例えば,私たちは,旅行を計画する時に旅行代理店に足を延ばさず,楽天トラベルなどのネット上のサービスを利用するようになってきました。あるいは,空港でチェックインする時に窓口に行くのではなく,自動チェックイン機を使って自分で行うようになりました。

⑭このようなコンピュータ化によって,サービスの供給に必要な人員を減らし,生産性を上昇させることができます。その際今度はサービス業の中で労働移動がなされなければなりません。例えば,自動チェックイン機の導入によって不要になった人員は,空港に新たに設けられた仮眠室やシャワールームの受付係を担当するようになるかもしれません。もし,余剰人員はそうした新しい仕事があてがわれないのであれば,解雇されてしまう可能性があります。

⑮このように,技術進歩は常に技術的失業をもたらす危険性を孕(はら)んでいます。しかし,技術進歩は実際に失業を生むか否かに関わらず,生産性を向上させることによって経済を成長させます。

⑯いずれにしても,私たちが経済成長を望むのであれば,生産技術をこそ発展させるべきだということになります。ところが,パソコンもインターネットもスマートフォンも十分普及したし,それらの媒体で供給されるサービスもたいがい出尽くしたのではないかという疑問もあり得ます。

⑰しかし,情報技術の中でもとりわけAIがここ数年で技術的なブレイクスルーを引き起こし,これから大きな発展を遂げようとしています。

(中略)

⑱AIが雇用を奪うかどうかという議論が近頃盛んになされていますが,AIもまた,これまでの技術と同様に雇用を奪う可能性があります。

⑲しばしば,「AIが人間と代替的ではなく補完的であれば,技術的失業を生まないのではないか」という主張を目にします。代替的というのは,バターとマーガリンのように互いに代わりを務めることができる関係を意味しています。補完的というのは,バターとパンのように互いに補いあう関係のことを言います。この点については,局所的には補完的でも全体としてみれば代替的ということが多く見られるので注意が必要です。例えば,コンピュータグラフイックを考えた場合,グラフイックソフトはグラフイックデザイナーと補完的な関係にありますが,手書きデザイナーとは代替的な関係にあります。

⑳したがって,グラフイックソフトは手書きデザイナーを駆逐する可能性があります。ある産業でコンピュータ化と雇用の増大が同時に起こっていて,情報技術と労働者がバターとパンのように補完的関係にあるように見えたとしても,経済全体ではそれらはバターとマーガリンのように代替的であることが多いのです。

㉑したがって,プリニョルフソン&マカフィーは『機械との競争』で,多くの人々が起業を志すようになると新たに雇用が創出されて,AI普及に伴う労働問題が改善されると主張しましたが,本当にそうなるかどうかは疑わしいところです。

㉒新たに設立される企業が情報技術関連であればむしろ,グラフイックソフトのケースのように労働問題を悪化させる可能性の方が高いと考えられます。

㉓といっても,コンピュータグラフイックは手書きデザイナーを全員駆逐したりはしません。つまり,世の中の多くの技術・機械と,労働者との関係は,完全に代替的というわけではなく,ほどほどに代替的という関係にあります。したがって,新しい技術は多くの場合,ある職業を根こそぎ消滅させるよりも,雇用を一定程度減少させるという効果を持ちます。特化型AI(注3)についても同様のことが言えます。例えば,AIを搭載したセルフドライビングカーが普及しても,運転手と話をしたいので,人が運転するタクシーに乗りたいという乗客の需要はゼロにはならないと思われます。しかし,タクシー運転手の需要が大幅に減少することは避けられないでしょう。

(中略)

㉔どの国が最初に汎用Al(注4)の開発に成功するにせよ,その出現は世界の多くの国々の経済構造を抜本的に変革させてしまうでしょう。汎用AIは工業やサービス業など全ての産業に影響を及ぼします。したがって,汎用AIこそが第四次産業革命におけるGPTの最有力候補だと考えられます。

㉕経済構造の抜本的な変革というのは,汎用AIが平均的な人間の成し得る仕事の大部分を奪ってしまうことから生じます。私は生命の壁が存在し,AIと人間との間には感覚の通有性(注5)が存在しないと述べました。

㉖それでも,汎用AIが2030年頃に実現するならば,その時から急速に人間の労働需要は,減少していくものと考えられます。2045年頃には人間にしかできない仕事の範囲はかなり,狭いものになっているはずです。その過程をイメージしてみましょう。

㉗汎用AIには,まずはパソコンやスマートフォン上の高度な「パーソナル・アシスタント」として,活躍するでしょう。Siriが今よりも遥かに賢くなって,なんでも要望に応えてくれる様子を想像してみてください。現在のパーソナル・アシスタントも,音声でお願いすると飛行機やホテルの予約をしてくれます。しかし,それどころではなく「我が社の決算書を作ってくれ」とか「我が社のホームページを作ってくれ」とか「自動車産業の最近の動向を10ペーシほどの報告書としてまとめてくれ」と命じるだけで,それぞれの作業をたちどころにやってくれるようになります。

㉘企業で上司が部下に命じるような事務作業なら,なんでもこなすことができるでしょう。したがって,企業の事務職が根こそぎ消滅する可能性があります。業種によっては今の20~30人規模の会社が社長一人のみで運用できるようになると思われます。

㉙ただし,こうしたパーソナル・アシスタントは,手足を持っていないので,コンピュータ上の仕事しか担えません。お茶汲みや乗客の誘導は務められないのです。しかし今ですら,ホワイトカラーの勤務時間の多くの部分がコンピュータを使う作業に費やされているので,ホワイトカラーの労働者は激減するだろうと予想されます。

㉚こうしたパーソナル・アシスタントの次に,汎用AIは「汎用ロボット」の頭脳に搭載されるようになるでしょう。「汎用ロボット」とは,様々な身体的な作業をなし得るロボットです。

㉛ロボットの身体部分に関する技術については,画期的な技術が出てきておらず,地道なゆっくりとした進歩が続くものと予想されます。

㉜実用的な人工筋肉が開発されれば人間のようにスムースに振舞えるようになるでしょうが。今のところその気配はなく,ロボットは重い手足をモータでぎこちなく動かすしかありません。

㉝それでも,汎用ロボットの原初的なものなら既に存在しています。それは,リシンク・ロボティクス社が作った「バクスター」というロボットです。

㉞バクスターは,大きな二つの腕を持っており,箱詰めや部品の配置,部品の取り付けなど,様々な工場内の作業を行うことができます。

㉟これまでの工業用ロボットは,それぞれの作業に特化したプログラムを必要としていました。そのために費用が高くなり,中小企業では導入が困難でした。ところが,バクスターは作業ごとのプログラムを必要とせず,人間がその腕を動かすことで,作業のやり方を覚え込ませることができます。

㊱こうしたロボットには最近目覚ましい発達を遂げたAI技術が応用されています。AI技術のブレイクスルーがロボット工学にも革命をもたらしているという点に注目してください。

㊲このままこうして順調に技術が進歩していけば,今から10年後の2025年くらいには,部屋の片づけや料理,配膳,掃除などの一通りの作業をこなすことのできる家事ロボットが現れているかもしれません。値段が数十万円まで下落して,庶民の手に届くようになるまでにはもう少し時間が掛かるとは思いますが,レストランでウェイター・ウェイトレスとして,活躍したり,格安理髪店でヘアーカットを担当したりするようにもなるでしょう。

㊳ただし,この段階のロボットは頭脳部分についてはまだ人間並みではありません。したがって,レストランの客が「この席は冷房の風が当たって寒いので,あちらの席に移っていいですか?」といった変則的な要望をした時には対応できないでしょう。

㊴そんな時,ロボット店員は生身の店員の助けを必要とします。ちょうど今でも日本人の店で働く外国人が,客の言うことを理解できない時に日本人の店員を呼びに行くのと同じような感じです。

㊵汎用AIが登場し,さらにそれが汎用ロボットに搭載されたならば,そうした問題も解決できます。このような汎用AI・ロボットは,知的にまた身体的に人間と同じように振舞うことのできる頭脳と手足を備えているので,およそ平均的な労働者ができることならばなんでもこなすことができます。「冷房」や「あちらの席」といった言葉の意味もちゃんと理解し,客をしかるべき席に誘導することもできるはずです。汎用AIが2030年に登場するのであれば,その5年後の2035年には汎用AIを搭載したロボットが製品化されていてもおかしくありません。それからさらに10年後の2045年には,かなり普及していることでしょう。

出典:井上智洋『人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊』文藝春秋。2016年による。ただし,問題作成のため,原文の一部を改変している。

(注1)技術的失業というのは経済学の用語で,新しい技術の導入がもたらす失業を意味している。

(注2)GPT:General Purpose Technology (汎用目的技術)は,補完的な発明を連鎖的に生じさせるとともに,あらゆる産業に影響を及ぼす技術のことである。その代表的な例に蒸気機関がある。

(注3)今,世の中に存在するAIは,特化型AI(特化型人工知能)である。例えば,Siriは音声でiPhoneなどを操作する日的に特化したAIで,1997年にチェスのチャンピオンを打ち破ったプログラム「ディープ・ブルー」はチェスに特化したAIである。

(注4)汎用AIは,人間に可能な知的な振る舞いを一通りこなすことのできるAIのことで,あらゆる課題・目的に対応できるようなAIである。また,汎用AIは,汎用知能たる人間の頭脳と同じように,様々な状況に応じて考えることのできるソフトウエアである。

(注5)人間は多種多様な欲望や感性を持っているにしても,基本的には似たような脳を持っているので,人間同士である程度の共通性があるということを示す用語である。例えば,人間の作曲家は,新しいメロディが浮かんだ時に,そのメロディが心地よいものであるかどうかを自分の脳に問い合わせることができる。そして,そのようなメロディは他人にとっても心地よいものである可能性が十分にある。それは人間同士には,手足感覚の通有性が存在するからである。



AIによる失業.png



(2)解答例


問1
工業では機械を導入することによる自動化が早くから進んでいたがサービス業は労働集約型産業であるために生産の機械化が進まない。しかし第三次産業革命はサービス業の生産性を向上させる可能性を持つ。とりわけAIがここ数年で技術的なブレイクスルーを引き起こし大きな発展を遂げようとしている。AIも雇用を奪う可能性がある。社会の技術・機械と労働者との関係は完全に代替的というわけではなくほどほどに代替的という関係にあるので、新しい技術は多くの場合,雇用を一定程度減少させるという効果を持つ。汎用AIが平均的な人間の成し得る仕事の大部分を奪ってしまい経済構造の抜本的な変革が生じる。汎用AIが2 0 3 0年頃に実現するならば,その時から急速に人間の労働需要は減少し、このまま順調に技術が進歩していけば,10年後の2 0 2 5年くらいには家事ロボットが現れ2 0 3 5年に汎用AIを搭載したロボットが製品化され、さらに10年後の2 0 4 5年にはかなり普及している。
(400字)

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