「グローバル経済と食文化」広島市立大学国際学部後期

記事
学び

(1)問題


次の文章をよく読んで,あとにある問題に答えなさい。

① 近代以前の世界における巨大文明を類型化したときには,中国文明圏,インド文明圏,西アジアから北アフリカにかけてのイスラム文明圏,ヨーロッパ文明圏……といったふうに,それぞれの文明のひろがりは一定の地域的な分布をもつものとして語ることが可能なものであった。世界は個性的性格をそなえたいくつかの文明圏のブロックに分割されていたのである。だが,産業革命を起爆剤としてまず北西ヨーロッパに成立し,欧米勢力の世界進出とともにひろまっていった近代の文明というものは,さらに強力な普遍性をそなえたものであった。それは,従来の巨大文明の地域的分布の枠組を越えて,世界のすべての文化をおおうものとして作用している。

② 現代の世界において文明は,(a)西欧文明とか欧米文明といった起源地を付す名称で語ることが無意味となっており,世界文明とでもよばなくてはならないものとなっている。

③ たとえば服装を例にとって考えてみよう。着ることは,なにごとかを語ることでもある。単に身体を保護するために人間は着るのではない。(b)着ることによって自己を表現しているのだ。そこで,服装というものは,その人の所属する文化を識別する手段でもあった。東南アジアの山岳部や,サブサハラ(注1)のように,多数の民族が入りみだれて分布する地域においては,人びとは相手の服装を見て,その者が何族の人間であるかをあてることができる。さらに細かく観察すれば,着ている人間の社会的地位まで推定することができよう。

④ 伝統的民族衣装を脱ぎ捨てて,洋服を採用することは,欧米文明を採用することの象徴であり,伝統文化に固執するか,近代化路線を選択するかという岐路に立たされた場合に,世界のそれぞれの民族が一度は直面させられた問題である。だが,おなじ問題は欧米の民族といえども,経験したことである。いわゆる洋服なるものは,ヨーロッパのどこかの民族の固有の服装というものではない。ヨーロッパの諸民族も,現在では祭りのさいにしか見られないような,固有の伝統的民族衣装が失われ,洋装化をした歴史をもっている。すなわち,欧米の人びとも欧米文明化したのである。

⑤ それがどこに起源するかということを論じてもあまり意味をもたず,機能性,合理性を主軸としながら世界共有のものとなる軌道にのったものとして洋服は世界に広まったのである。そこで,キリスト教徒であるか,イスラム教徒であるか,といった区別をのりこえて,オフィスではスーツ・ネクタイが世界じゅうで見かけられるし,兵隊の服装は文化の違いをのりこえて,どの国でもおなじような制服が採用されている。洋服の元祖みたいに思いこまれたりすることがあるイギリスでも,兵隊の衣服に民族衣装が登場するのは,スコットランドの軍楽隊がキルトを着るくらいのものである。スカート形式のキルトを着て落下傘降下や戦車の操縦はできないのである。

⑥ 兵隊の制服というのは,それだけで独立した文化要素として世界に広まったものではなく,近代的な軍隊制度,兵器,戦闘様式などと関係をもちながら,世界文明の戦争に関わるシステムの一部をなすものとして,各国に受け入れられたものである。

⑦ 現代の世界文明というものがその善悪は別として,機能性や合理性に徹した普遍的な巨大システムとしての性格が強いものであり,サブ・システム単位に分割して,選択的に受容することがむずかしいものであるがために,世界の文化や社会は,いくつかのパターンのものに整理され,収斂(しゅうれん)(注2)する方向性をもっている。たとえば,社会の編成原理は,大きくいえば資本主義型の社会と,社会主義型の社会の二つに収斂したのである。イデオロギーにとらわれない,生活の物質的側面では世界が均一化しようとする傾向がきわだって強い。自動車,ラジオ,テレビ,新聞,洋服など,現代の生活をささえる物質的装置は世界じゅうどこへいってもあらわれ,主として経済的要因による普及度の差がみられるだけのもの,となっている。

⑧ いっぱんに文明の物質的側面は手段であるとみなされて,個別的文化の奥底にひそむ価値観にとらわれることがすくないということもあって,文化の別をこえて,比較的容易に伝播し,均一化することが可能な性格をそなえている。ところが,食事における物質的な側面である料理は,いまだもってきわめて個別的文化の枠にとらわれているのはどうしてだろう。

⑨ 衣,食,住のなかで,洋服は世界じゅうにひろがったし,世界各地の都市でおなじような外観をしたコンクリートのビルが建てられているのに,食事に関することがらはきわめて強く文化的色彩を残している。食に関する世界文明が世界じゅうの文化に影響を与えているのは,食料生産や社会的レベルにおける食品加工技術などの農学関係の分野と,世界的規模における食料の輸出入関係に代表される流通や経済の分野など,食料に関する間接的な影響を与えたものがおおきい。直接に食事の文化に反映されるものは,衛生観念や栄養学的思想のような,物質的側面よりもむしろ,イデオロギー(注3)の分野に近いものであった。それは人体が普遍的な機構をもつという前提に立つ科学思想なので,文化の別をこえてひろがる素地をもっていたのであろう。また,日に三度の食事をとることや,外食のための施設を,それが普及していなかった国々にも広めたことも,世界文明がそのなかにくりこまれた文化に与えた影響といえよう。

⑩ しかし,(c)わたしたちが口にする家庭での料理技術や,食物の味そのものにたいする直接的な影響は案外すくないものである。紅茶,コーヒーや砂糖,ミルクの飲用や乳製品,パンなどを,それらの食品を知らなかった地域に普及させることに一役買ったりしたことなどがあげられようが,むしろ瓶詰のビールや清涼飲料水など,工業製品としての嗜好品の世界的普及のほうが重要なできごとである。料理というものは,それぞれの文化のおかれた環境において生産される食料に依存してつくられた技術体系なので,環境を離れてのひとりあるきがむずかしい性質をもっている。自動車やテレビのようには毎日の食事を輸出することができない以上,それぞれの土地において利用可能な食料にもとづいて成立した料理の体系に,あたらしい要素をつけくわえることがむずかしいのである。

⑪ 欧米自体においても,料理は文明のレベルではなく,文化のレベルにとどまっている性格が強い。イタリア人はスパゲッテイやマカロニなどのパスタ類を好み,ドイツ人はソーセージとジャガイモ,酢キャベツに固執するといった具合である。そして,十九世紀のヨーロッパの大砲や船舶の性能が,世界の他の地域のものよりもすぐれていたのと同じ意味で,これらのヨーロッパ文化のつくりあげた料理がすぐれたものである,とはいえない。

⑫ 食品や料理というものは,文化のレベルにおける独自性を保つ性格が強く,保守的であり,年少期にくりこまれた味覚は変化しづらく,世代単位にゆっくりとした変化をとげることがおおいのにたいして,むしろ原料にとらわれない人間のふるまいかた――ナイフ・フォーク・スプーンを食卓にならべる,一日に三度食事をする,など――のほうが,文明のレベルにのりやすいのである。

出典:石毛直道『食事の文明論』(中公新書,1991年)より抜粋し必要に応じて表現などを変えてある。

(注1)アフリカ人陸のサハラ砂漠より南をサブサハラと呼ぶ。

(注2)一つにまとまること。集約。

(注3)政治・道徳・宗教・哲学・芸術などにおける,歴史的,社会的立場に制約された考え方。

問1 下線(a)「西欧文明とか欧米文明といった起源地を付す名称で語
ることが無意味
」の理由を,本文にそくして60字以内で説明しなさい。

問2 下線(b)「着ることによって自己を表現しているのだ。」の意味を,本文にそくして60字以内で述べなさい。

問3 下線(c)「わたしたちが口にする家庭での料理技術や,食物の味そのものにたいする
直接的な影響は案外すくないものである。」の理由を,本文にそくして具体的に100字以内で述べなさい。

問4 食は個別的な文化のレベルにとどまる性格が強い,という著者の主張にあなたは賛成ですか,それとも反対ですか。なぜ賛成か,反対かを,本文で取り上げられていない具体例を挙げながら400字以内で述べなさい。

和食.jpg


(2)解答例


問1
産業革命を契機として拡大した欧米の文明は従来の文明の地域的分布の枠組を越えて世界のすべての文化を被って作用しているから。(60字)

問2
服装は着る人の身体を保護するたけでなくその人の所属する部族などの文化や社会的地位を相手に識別させる手段であるということ。(60字)

問3
家庭での料理技術は、イタリアのパスタのように各地で利用可能な食材にもとづいて技術体系なので、環境を離れて新しい要素を付加することが難しく、食物の味は年少期にくりこまれた味覚が変化しづらいから。(96字)

問4
 筆者の主張に賛成である。日本の食文化である和食を例に食は個別的な文化のレベルにとどまる性格が強いことを論じる。
 和食の特長は次の3点である。第一に四季を取り込むこと、第二に出汁が欠かせないこと、第三に発酵食品が多いことが挙げられる。
 第一については、日本には四季があり、春夏秋冬の旬の食材が和食を引き立てる。季節感に拝領した器や盛り付けも和食の魅力である。第二については、主に関東ではカツオ、関西では昆布の出汁が料理の下味となっている。カツオは西日本から太平洋のルートで江戸(東京)に運ばれた。昆布は北海道から日本海の航路を経た、江戸時代の流通経済と関係している。第三については、酒・醤油・味噌などの調味料などの発酵食品は和域で独自の発展を遂げている。
 このように和食は欧米文化の普遍性に浸食されずに、日本の気候や風土、歴史が作り上げた固有文化の性格が強いからである。(398字)

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