ファッションデザイナーという職業の歴史は、おおよそ19世紀後半にオートクチュール(高級注文服)のシステムが確立されたことに始まるとされている
1. オートクチュールの誕生と「デザイナー」の確立(19世紀後半)
シャルル・フレデリック・ウォルト (Charles Frederick Worth, 1825–1895, イギリス出身)で「クチュールの父」と呼ばれ、歴史上最初のファッションデザイナーとされる人物
彼は、それまでの仕立て屋(クチュリエ)が顧客の要望に合わせて服を作っていたのに対し、自らのデザインを提案し、顧客に選ばせるという、現在のデザイナーの基礎となるシステム(オートクチュール)を確立
これにより、ファッションのトレンドを作る者が「着る人」(王侯貴族など)から「作る人」(デザイナー)へと移行していったんですね
1868年には、パリの有力クチュリエが集まり「パリ・クチュール組合」の前身を設立
2. 20世紀初頭
ポール・ポワレ (Paul Poiret, 1879–1944)
20世紀初頭に、女性をコルセットから解放し、よりシンプルで着やすいドレスを発表
マドレーヌ・ヴィオネ (Madeleine Vionnet, 1876–1975)
バイアスカット(布地を斜めに裁断する手法)の女王と呼ばれ、体のラインを美しく見せる革新的なデザインを発表
ココ・シャネル (Coco Chanel, 1883–1971)
ジャージー素材やツイード、リトル・ブラック・ドレスなど、女性が自由に活動できる機能的な服を提案し、女性ファッションの解放に大きな影響を与えた
3. 戦後の隆盛とプレタポルテの時代(20世紀中頃)
第二次世界大戦後、一時衰退したパリ・クチュールを再興させたデザイナーたちが登場
クリスチャン・ディオール (Christian Dior, 1905–1957)
1947年に発表した「ニュールック」は、贅沢な布地と絞られたウエスト、長いスカートが特徴で、戦後のファッション界では大きな衝撃となる
この頃から、オートクチュールに対してプレタポルテ(高級既製服)が台頭し始め、より多くの人がデザイナーの服を着られるようになっていく
4. 日本人デザイナーの世界進出(1970年代〜1980年代)
森英恵 (Hanae Mori)
1977年にアジア人として初めてパリ・クチュール組合に迎えられる
高田賢三 (Kenzo)
1970年代にパリでブティックを開き、カラフルで民族的な要素を取り入れたデザインで成功を収める
「黒の衝撃」(1980年代初頭)
川久保玲 (Comme des Garçons)、山本耀司 (Yohji Yamamoto)らがパリコレにデビューし、当時の華やかな西欧のモードとは一線を画す、黒を基調とした、服の既成概念を覆すような独特のスタイルを発表
世界のファッション界に「東からの衝撃」として大きな影響を与えた
5. 1990年代以降
1990年代には、ミニマリズムやストリートファッションの要素が取り入れられるなど、多様なスタイルが生まれる
マルタン・マルジェラ (Martin Margiela)、ヴィクター&ロルフ (Viktor & Rolf) などのアントワープ系デザイナーが台頭し、ファッションとアート、社会批評を融合させたような表現が注目
現在では、グローバル化、インターネットとSNSの普及により、ファッションデザイナーの影響力はさらに広がり、サステナビリティ(持続可能性)などの社会的なテーマも重要な要素となっている