「生きているだけで、毎日が試練の連続」
〝正解のない現代〟において、試練がない日々、試練がない人生を送っている人間はそうそういません。
みな誰もが少なからず、異なる《試練》に直面しながら、歯を食いしばりながら毎日を生きている。
加えて、現代人が1日に触れる情報量は、江戸時代の1年分に匹敵するとも言われており、
そんな中で日々、
人生の重要な取捨選択をすることは容易なことではありません。
そこで本記事では、現代を生きるあなたに伝えたい〝霊界からのメッセージ〟を抜粋してご紹介。
全てを受け取る必要はありません。
ですが、もし少しでも「たしかにね…」と、心に引っかかるものがあるならば、お役立ていただけますと幸いでございます。
* 本記事でご紹介している「ことたま」の数々は、Threads(スレッズ)で日々、配信をしている私(占梅)の守護霊団からのメッセージとなっております(ココナラブログでは一週遅れで公開)
◆ 霊界からみた「自分を好きになれないこと」に関する〝一見解〟を申し上げると…
| 守護霊 F
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自分という存在がこの世に生を受け、曲がりなりにも今日まで生き抜いている。
まずはこの有り様(ありさま)が、決して当然のことではないのだと、自覚なさることです。
これは詭弁ではございませぬ。
一輪の花が咲くのと同じように、人が子から成人へと育つことそのものが、本来は実に尊きことのはず。
たとえそれが野花であれ、艶やかな蘭の花であれです。
花の美しさを、花ほど知らぬものです。
◯ 守護霊「F」
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以下、雑感 ↓
特に重要なポイントは、守護霊Fは決して
「自分を好きになりなさい」
とは言っていないところでしょう。
社会的な評価、他者からの評価がなければ「自分を好きにはなれない」という、陥りがちな認知の歪みから、まずは距離を取る必要があることを示唆しているわけです。
そして、花を見て私たちは「美しい」と言うけれども、花は自分で自分のことを「美しい」とは思っていない。
ただただ花は、一生懸命に逞しく生きているだけ。
それだけ。
非常に大切なことを伝えてこられているのではないかと。
◆ 霊界からみた「運命の相手に巡り会えないこと」に関する〝一見解〟を申し上げると…
| 守護霊 L
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あなたがたの言う「運命の相手」とは、永遠に愛を誓い合う存在を指すのでしょう。
しかし〝永遠に愛を誓い合う〟とは果たして、いかなる行為であるとお考えなのでしょうか?
食うに困らぬ施しを齎し(もたらし)、裕福な暮らし、甘美な肉体的まじわり、諍い(いさかい)も軋轢(あつれき)もない、平穏無事な人生を約束してくれる人…
こういった存在を指しておられる方が多く見受けられるように思いますが、これほどの〝夢物語〟もそうありますまい。
全ては因果律という円環の中で執り行われること。
何も与えぬ者に、何かがもたらされることなど、ありはせぬのです。
◯ 守護霊「L」
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以下、雑感 ↓
丁寧な語り口とは裏腹に、中身は実に自然霊らしい、なかなか辛辣なものですが、非常に的は射ているのかなと。
補足しておくと、守護霊Lは「運命の相手」を探し求めることそのものには決して、否定的ではないのです。
ただ、こういった方々がおっしゃる「愛」なるものが〝一方的に与えられることへの期待〟でしかないケースは非常に多く、
それはいかがなものですかと、示唆しているわけです(そんなものは成立しませんよと)
余談ですが、結婚式に期待いっぱい夢いっぱい、舞い上がっているタイプには、人霊としての経験がまだまだ少ない方が多い印象があります。
要は、この世に再生してきた回数がまだまだ少ない(だから、楽しくて仕方がない)
一方で、過度な期待や理想を持たず、地に足がついているタイプほど、前世で多くの経験をしているからこそ、達観しているというか、落ち着いている。
良し悪しではなく、それぞれの段階に応じた経験と感動があるわけです。
◆ 霊界からみた「同じ墓に入りたくない問題」に関する〝一見解〟を申し上げると…
| 守護霊 M
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なんと不毛なことにございましょう。
わたくしどもは再三、申しておるのです。
物にたましいが宿ることなど、ありはせぬと。
石は石、骨は骨。
ただそれだけにございます。
◯ 守護霊「M」
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以下、雑感 ↓
霊界のまなざしからすると、いかに瑣末な問題であるかということが、この短い言葉からも滲み出ていますよね。
念の為、補足をさせていただくならば、守護霊Mは「墓」という宗教的文化や「遺骨」そのものを粗末に扱うことを良しとしているわけでは、勿論ありません。
たとえば墓であれば、社会的な役割、あるいは親戚付き合いという意味で、郷に入っては郷に従う必要も、時にはあるでしょう。
しかし、物質的な骨の所在とたましいの繋がりは何の関係もない。
同じ墓に入ったからなんだ、入らないからなんだという話で、そんなものは自分の甲斐性の範疇で実務的に執り行っておけばいいだけの話なのですよ。
私的な感情と、霊的な実相を混同するから、悩まなくていいことに悩む。
◆ 霊界からみた「占い依存」に関する〝一見解〟を申し上げると…
| 守護霊 S
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己が暦(こよみ)に何が起こらんやと、心ばかりを配っていかがする?
かようなつまらぬ戯言(ざれごと)に心を配ってばかりおるから、心ここに在らず。
地に足をつけるどころか、空き家になってしまうのであろうて。
◯ 守護霊「S」
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以下、雑感 ↓
なかなか上手いことをおっしゃるなという印象ですが、守護霊Sは「占い」そのものの是非を問うているのではありません。
むしろ〝まだ起きてもいない未来〟ばかりに気を取られ過ぎている姿勢、現実感覚や主体性が失われてしまうことに対して、警鐘を鳴らしているわけです。
「心配」は「心を配る」と書きますけれども、起きてもいない未来に心を配った結果として、今を生きている感覚が失われ、
果ては主体性さえも失われてしまっては、本末転倒ですからね。
* Threads版では、毎朝6時ごろに別の「霊信=霊界からのメッセージ」もお届けしております。
以上、今週の「ことたま」でした。
冒頭でも申し上げたとおり、これはあくまでも私(占梅)の霊団によるメッセージとなっております。
ですから、あなたがもし、近しい問題に直面されているとしても、人それぞれケースバイケースでしょうし、
あなたのことを見守っている守護霊団は、全く〝別の見解〟を示すかもしれません。
守護霊の言いなりになる必要はありませんが、正解のない時代を生き抜いていかねばならない私たちにとって、
〝霊界のまなざし〟は時に、暗闇に差し込む〝ひとすじの光〟として、あなたの足元を照らしてくれるかもしれない。
もしも本記事をお読みになって、なぜだか分からないけれども「ピン」と来た、ご縁を感じた方がいらっしゃるならば、いつでもお越しください。
あなたの守護霊団ともども、お待ち申し上げております。
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