「生きているだけで、毎日が試練の連続」
〝正解のない現代〟において、試練がない日々、試練がない人生を送っている人間はそうそういません。
みな誰もが少なからず、異なる《試練》に直面しながら、歯を食いしばりながら毎日を生きている。
加えて、現代人が1日に触れる情報量は、江戸時代の1年分に匹敵するとも言われており、
そんな中で日々、
人生の重要な取捨選択をすることは容易なことではありません。
そこで本記事では、現代を生きるあなたに伝えたい〝霊界からのメッセージ〟を抜粋してご紹介。
全てを受け取る必要はありません。
ですが、もし少しでも「たしかにね…」と、心に引っかかるものがあるならば、お役立ていただけますと幸いでございます。
* 本記事でご紹介している「ことたま」の数々は、Threads(スレッズ)で日々、配信をしている私(占梅)の守護霊団からのメッセージとなっております(ココナラブログでは一週遅れで公開)
◆ 霊界からみた「人間の寿命」に関する〝一見解〟を申し上げると…
| 守護霊G
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兎角、人は長く生きたいと願うものだが、さてはて、長く生きながらえたところで何になると言うのであろう?
己が宿命としての寿命、現世における旅路の時間には限りがある。
その限られた旅の時間をいかにして有意義なものにするのか、その自由が貴殿らには託されていることは言うまでもないが、
富や名声が手放せぬからと死を恐れ、慄き、長命に執着をするは愚か者の所業に他ならぬ。
死して人は死なぬゆえ、徒(いたずら)に肉体が滅びることを恐るる心配は何もない。
それよりも、与えられた宿命たる命の時間をみすみす己の不摂生で縮めるような真似をせぬことだ。
◯ 守護霊「G」
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以下、雑感 ↓
誤解がありそうなので補足をさせていただくと、守護霊Gは決して、長生きそのものを否定しているわけではなく、
富や名声といった物質的価値観にしがみついて、執着で生きながらえようとすることに対して、苦言を呈しているだけ。
ですから一方で、人は死して死なないとはいえ、与えられた本来の寿命を縮めるような不摂生はいかがなものかと、末尾で言っているわけで、
いずれにせよ、限られた現世での時間を粗末にすべきではない、有意義な時間の使い方ができているのか?
ということを、我々に問うているわけです。
生まれた時点からすでに、我々は死に向かっているわけですから、現状の暮らしに不満があるなら、さっさと行動を起こして、理想の暮らしを自ら手に入れようとすればいいだけの話。
祈ってばかりで行動が伴わないのであれば、ましてや愚痴をこぼしているだけでは、命の無駄遣い。
◆ 霊界からみた「老後の不安」に関する〝一見解〟を申し上げると…
| 守護霊G
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老いさらばえた時、いかにして己は食うていくことができるのかと、不安と恐れが拭えぬ者が大勢いるようだ。
しかし誰一人として、生まれながらに枯れておるわけではあるまい。
こうしている今もなお、貴殿らは刻一刻と老いていく一方で、貴殿らには己が運命を切り拓く余力が残されておるはず。
己で蒔いた種なれば、己でしかと摘み取り、不満があるならば新たな種を蒔き育てる。
それしかあるまい。
◯ 守護霊「G」
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以下、雑感 ↓
シンプルだからこそ強いメッセージですが、要は「老後の不安」というものは、ある日突然、訪れるわけではない。
誰しも今より若い頃があったことだけは確か。
すでに現時点で老いていると感じているのだとしても、不安や恐れに支配されて嘆くより、いかに残された力で現実的な対処をしていくべきなのか?
この部分にこそ目を向ける必要性があることを、守護霊Gは示唆しているわけです。
やれることをまずはしっかりとやりきる。
むしろ、本当に自分はやりきっているのか?
そう問われているようでもありますね。
◆ 霊界からみた「認知の歪み」に関する〝一見解〟を申し上げると…
| 守護霊 B
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硝子玉を通して覗いた世界は、なにもかもが歪んでおるものにございましょう。
何人(なんぴと)たりとも、生まれながらに心眼が歪んでおるわけではないのです。
強いて言うならば、かつての記憶、遠い過去のたましいの記憶が心眼に、ある種の歪さ(いびつさ)をもたらすことはございますが、
さりとてその歪みを呪ったところで、視界が晴れるわけでもない。
一切の歪みを持っておらぬ者もおりませぬゆえ、己の心眼にはいかなる歪さがあろうかと、疑うて(うたごうて)みることです。
◯ 守護霊「B」
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以下、雑感 ↓
余談ですが「認知が変わることで世界が変わる」という考え方は、実は東洋的な発想で、西洋の方からすると非常に新鮮に映るんだとか。
それはさておき、波動修正の折、霊視をしていると、やはり誰もが多かれ少なかれ、認知の歪みをもっていることに気付かされます。
自分の目に見えていること、そして感じていることこそが〝真実〟であると思ってしまうのは無理もない話ではあるものの、
如何せん、認知が歪みに歪んでしまっている相談者さまの場合、時間をかけてこれを矯正していかないことには、今とは異なる理想の暮らしは到底 手に入らない。
これまでの人生を振り返って、何かがおかしい、自分だけが特別におかしいと感じる方は、悪い意味で歪んでいる可能性が高いので、
自分がこれまでに認知していた世界が「B面」だとして、実は「A面」も存在しているんじゃ…?
と、まずは疑ってみるとよろしいのかなと。
◆ 霊界からみた「兄弟姉妹間における扱いの違い」に関する〝一見解〟を申し上げると…
| 守護霊 M
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過ぎたことをいつまでも考えたところで、何も生まれませぬ。
〝あちらはかようなまでに贔屓をされたのに、なぜ自分だけ〟
と、兄弟姉妹(きょうだい)や親を恨んだところで、そこに生まれ残るは、黒々とした悪しき想念ばかり。
親とてみな、不完全な存在なのです。
あの時こうすれば、いいや、こうした方がと、道なき道を歩く旅人に過ぎませぬゆえ、仮にも命を繋いでもらった恩義があるのならば、
恨み言を申すは人の道を外れた所業。
恥ずべき所業にございましょう。
◯ 守護霊「M」
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以下、雑感 ↓
なかなか手厳しいことを伝えてきていますが、少し補足をさせていただくと、守護霊 Mは〝不完全な親〟を肯定しているわけでは決してないのです。
ただ、事実として子育てに正解はなく、誰から教えられるわけでもない。
誰もが手探りの状態なのであって、親だからといって完璧を求め、いつまでも恨み言を吐きつづけるのはおよしなさいよと諭している。
特に成人している方の場合、いつまでも
「だって、わたしはこう育てられたから」
という言葉は、どんなに辛い幼少期を過ごしていたとしても、やはり免罪符にはなり得ない。
「そうね、子供の頃はさぞお辛かったでしょうね。でもあなた、今はいい歳した大人でしょう? いつまでそんなこと言ってるの? あなたが自分でどうにかしようとしない限り、誰も助けてはくれないのよ?」
というのが、やはり現実です。
少し発想の転換をするならば、
〝なぜ、この兄弟姉妹の一人として生まれたのか?〟
こう考えてみると、自分の今世における課題の一つが浮かび上がってくることもあるのではないかと。
◆ 霊界からみた「親の期待や意志に反することへの恐怖」に関する〝一見解〟を申し上げると…
| 守護霊 K
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親とて、たましいは別。
たとえ肉の繋がり(=血縁)があろうとも、ありとあらゆる今世の学びは異なるもの。
にも関わらず、親の傀儡(くぐつ)であり続けるなど、笑止千万。
恐れる必要などあるものか。
もしも〝子の謀反〟に対して腹を立て、縁を切るだなんだと騒ぎ立てる者がおるならば、喜んで切ってやればよいのだ。
「育ててやった」などという傲慢さを思い知る、いい薬になるだろうて。
◯ 守護霊「K」
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以下、雑感 ↓
かなり誤解を招きそうな表現が多いので、いくつか補足をさせていただくと、守護霊Kは「積極的に絶縁せよ」とは言っているわけではないのです。
そうではなく、子供が自分(親)の意思に反した時に絶縁をちらつかせて、脅しでコントロールしようとすることに対して屈するなと、この点を強調しつつ、鼓舞している。
一方で、もし仮に本当に絶縁に至ったところで、それがどうしたと。
一生、自分の人生を他人に明け渡すつもりなのかと。
場合によっては、絶縁をしてでも自分の人生を取り戻す必要がある。
ここが一番、伝えたかったところなのでしょうね。
◆ 霊界からみた「就職早々〝これじゃない〟と感じてしまっていること」に関する〝一見解〟を申し上げると…
| 守護霊 A
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早ければ早いほど、疵(きず)は浅く済みまする。
忍耐のなさから離れたい、逃げ出してしまえたらいっそ楽になれるだろうにと、そうお考えなのであればいざ知らず、
己のたましいが囁く本心に耳を傾けた果てに、なぜか分からぬがどうも「解せぬ」というのであれば、それは早きに決断をすべきこと。
何事も肝要なことは、まことの心。
本心にございます。
◯ 守護霊「A」
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以下、雑感 ↓
転職に関するご相談を霊視していると、
① 逃げの転職
② 卒業の転職
やはりこの二つに分かれているもの。
そして、これがなかなか皮肉なもので、卒業の転職に差し掛かっている人ほど「これは逃げなんじゃないか」と思い、
逆に逃げの転職が癖になっている人ほど「もうこれ以上、耐えられない」と思っている。
ただ今回、守護霊Aが伝えてきているのは、このどちらでもないのが非常にポイント。
就職早々に「あれ…?」と、どうしようもない違和感を抱いてしまった場合に至っては、ズルズルと我慢くらべをするよりもスパッと思い切った方がいい。
こういうケースも、時にはありますよと。
もちろん、最終的にはご本人の守護霊団にお話をうかがってみないことには分かりませんが、人それぞれ〝最善〟の形は異なる。
◆ 霊界からみた「自己犠牲と献身」に関する〝一見解〟を申し上げると…
| 守護霊 Y
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その身を捧げ、献身的に奉公する。
これは一見、良きこと、尊きことだと語られておるが、些か解せぬこともある。
己が成したることが〝献身〟だと思うておるのであれば、なにゆえ不満が出るのだ?
真にその身を捧げているのであれば、一切の見返りがなくとも不満が出ることはない。
不満が一欠片でもあるのだとすれば、それは献身ではないのだということ。
ただそれだけのことであろう。
◯ 守護霊「Y」
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以下、雑感 ↓
誤解のないように補足をしておくと、守護霊Yは「搾取に甘んじろ」と言っているわけでは勿論ありません。
ただ、仕事・パートナーシップ・ボランティア etc...
対象はなんでも構いませんが、献身的に尽くしていることに対して、少しでも不満があるならば、そこには必ず「これだけやったんだから」という期待や取引をしようとする欲が少なからずある。
良し悪しの問題ではなく、まずはこの点を自覚しているのか?
と、こう問うているわけです。
自分は〝本当は〟何を求めているのか?
己の欲望を美化せず、向き合うことでこそ、見えてくる道もありますから。
* Threads版では、毎朝6時ごろに別の「霊信=霊界からのメッセージ」もお届けしております。
以上、今週の「ことたま」でした。
冒頭でも申し上げたとおり、これはあくまでも私(占梅)の霊団によるメッセージとなっております。
ですから、あなたがもし、近しい問題に直面されているとしても、人それぞれケースバイケースでしょうし、
あなたのことを見守っている守護霊団は、全く〝別の見解〟を示すかもしれません。
守護霊の言いなりになる必要はありませんが、正解のない時代を生き抜いていかねばならない私たちにとって、
〝霊界のまなざし〟は時に、暗闇に差し込む〝ひとすじの光〟として、あなたの足元を照らしてくれるかもしれない。
もしも本記事をお読みになって、なぜだか分からないけれども「ピン」と来た、ご縁を感じた方がいらっしゃるならば、いつでもお越しください。
あなたの守護霊団ともども、お待ち申し上げております。
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