「俺はすごい」を100万回言い続けた私が、自分の人生を一曲にした話

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コラム
※2026年3月20日に書いた記録です。

「俺はすごい」を100万回言い続けた。

散歩しながら、家事をしながら、隙間時間を見つけてはひたすらつぶやき続けた。1分間に100回のペースで、積み重ねて、積み重ねて、ようやく100万回に到達しました。

その過程で気づいたこと、壁にぶつかったこと、言葉を変えたこと、それはこれまでの記事に書いてきました。

そして100万回に到達して気付いたことがあります。

「・・・俺には合わない」(^^;)

アファメーションの「壁」

誤解しないでほしいのですが、アファメーションには効果があると思っています。実際、30万回あたりから、自分を責める思考パターンが少し変わってきた実感がありました。

でも100万回やり続けて、正直に思うことがある。

「俺はすごい」という言葉は、記事中でも書きましたが、意味が広く使いやすい反面、ポジティブすぎて刺さらないこともある。

体調が悪い日や、心に余裕がない日は特にそれを感じました。「俺はすごい」と唱えようとすると、頭の中の冷めた自分が言うんです。「……で、何がすごいんだよ?」と。

言葉が自分の中に浸透していかない感覚。無理に続けようとするほど、自分に嘘をついているような、嫌な感じだけが膨らんでいく。

そこで、気分や状態によって適切な言葉を探したり、時には休む日を作ったり、逆にムキになってつぶやいてみたり・・・。

ここで気づいたことがあります。

アファメーションは「言葉」で脳に働きかけます。言語的・論理的な処理、いわば左脳への働きかけです。「俺はすごい」やそれに類する言葉を、脳が真か偽かで処理しようとする。だから「信じられない」という抵抗が生まれやすい。
そして、単純に思いました。

「・・・つまらない」と。

効果があるのは感じているにもかかわらず、飽きるんです。めんどくさいんです。ばかばかしくなってくるんです。怪しい!何やってんだおれ!

でもそれを乗り越えた先に何かがあると、それを確かめようという思いでここまで来ました。

そのとき私は思いました。

「もし、自分の人生そのものが言葉になったら、どれだけ深く刺さるだろう?」

駐車場で動けなかった朝のこと

会社の駐車場で車から降りられなかった朝があります。

曇り空。無表情で建物に吸い込まれていく人たち。私だけが車の中で止まっていた。ドアに手をかけたまま、「行かなきゃいけない」という気持ちと「もう無理だ」という気持ちが、その手の中でぶつかり合っていた。

あの朝のことは、ずっと「黒歴史」として心の奥にしまってありました。思い出したくない記憶として。

でも100万回のアファメーションを積み重ねながら、ふと気づいたんです。

あの駐車場で動けなかった私の本音こそが、誰よりもリアルで、誰よりも深い「自分の言葉」なんじゃないか、と。

AIと話しながら、自分の人生を掘り下げた

そこから私は、AIと対話しながら人生を深掘りするという実験をしてみました。

AIが問いを立てる。私が答える。それだけです。

「感情が大きく動いた出来事を一つ教えてください」

そう問われたとき、最初に浮かんだのはやっぱりあの駐車場でした。曇り空。手をかけたドア。無機質な建物。「いやだ」「時間が止まってる」「でも人生は消費されていく」。そんな言葉が次々と出てきた。

AIはそれを丁寧に受け止めながら、次の問いを立ててくる。

「そのとき、本当は何を大切にしたかったのだと思いますか?」

「今のあなたが、あの日の自分に一言声をかけるとしたら、何と言いますか?」

「これからの人生で、どんな人でありたいですか?」

問いに答えながら、私は気づいていきました。あの痛みの正体を。自分が本当に大切にしたかったものを。そしてこれからどこへ向かいたいのかを。

対話を重ねていく中で、一つのフレーズが口をついて出てきました。

「お前は自分の世界を生きろ」
これはAIとの対話で生まれた言葉ですが、AIが作った言葉ではない。問いに答え続けた私の中から、自然に出てきた言葉です。

そしてこの対話から歌詞を作り、1曲の歌にしました。

「俺はすごい」より、深く刺さった

そのフレーズを核にして、歌詞ができあがりました。

『Blessbloom』

消費される 毎日を
終わらせたい 震えてる
心だけが 叫んでた
「ここは俺の 場所じゃない」

あの駐車場の朝が、そのままそこにありました。

無難な日々に さよならを
自分の声が 背中を押す
お前の道は そこじゃない
お前の世界を 生きるんだ

そして——

痛みは明日への 希望になる
胸の奥で花開く
Blessbloom
世界よ今 咲き誇れ

この曲を初めて聴いたとき、「俺はすごい」を100万回言ったときとは全く違う感覚がありました。

胸の奥が、じわっと熱くなる感じ。そして、興奮。

なぜそう感じたのか、あとから考えてみました。
アファメーションは「言葉」で論理的に脳に働きかけます。でも音楽は違う。メロディやリズムは、感情や記憶に直接働きかける。論理的な検閲を通らずに、もっと深いところへ届く。だから懐かしい曲を聴いただけで涙が出たり、テンポが上がるだけで気分が変わったりする。

この曲はその両方を持っています。

歌詞という「言葉」で脳に届き、メロディとリズムという「音楽」で感情に届く。しかも歌詞が自分自身の経験と言葉でできているから、脳が「これは本当か?」と疑う余地がない。

だから聴くのが苦痛じゃない。「信じよう」と力む必要もない。ただ聴きたいから、聴く。

100万回のアファメーションは「言葉を繰り返す」ことで脳を変えようとするアプローチでした。でもこれは「自分の物語を音楽にする」ことで、脳と感情の両方に同時に働きかけるアプローチです。

そしてこのアプローチの本質は、歌詞を作る過程で自分と深く向き合う内省のプロセスにあるのだろうと思います。「歌」という形になるのはその内省の結果。
アファメーションの進化形、あるいは次のステージと言えるかもしれない。
従来のアファメーションが続かなかった人、効果を感じられなかった人にこそ、届けたいアプローチです。

あなたの人生にも、まだ言葉になっていない物語がある

100万回のアファメーションは無駄じゃなかった。あの積み重ねがあったから、この気づきにたどり着けた。

毎朝「また今日も始まる」と感じながら布団から出ている人。頑張っているのに、なぜか空虚な感じがする人。アファメーションを試したけど続かなかった人。

そういう方に、一度これを体験してほしい。

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