【進化編】「俺は凄い」が響かない!? 進化するおれは「やっぱりすごい」

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コラム
※2026年2月28日に書いた記録です。

現在チャレンジしている「俺は凄い100万回チャレンジ」。前々回、前回と、このチャレンジから感じたことや考察をお届けしてきました。

お陰様で「それは面白い」「自分もやってみたい」とのお声を頂きました。そう思われる方、ぜひ一緒にチャレンジしましょう!

でも、チャレンジを続けているなかで、意味ないじゃんと感じたり、気分乗らない日も出てくると思います。

現在私は30万回まで積み上がりましたが、私もそんな日がありました。しかし、そのなかで本当にいろいろな気づきがありましたので、今回はそれをシェアします。

心が疲れているときは、「言いたくない」

それは、体調が優れず、心に余裕がない時でした。頭痛とひどい倦怠感。でもやらなければいけない仕事や家事や雑用があり、どうにか乗り切る必要がありました。

そんな状況を何とか変えようと、いつものように「俺はすごい」と唱えようとしたんですが、でも、その時の頭のなかの自分の声はこんな感じでした。

「……で、何がすごいんだよ?」

心に響かないどころか、唱えること自体に嫌悪感が出てきてしまったんです。

言葉が自分の中に浸透していかない。無理に言い続けようとすればするほど、自分に嘘をついているような、嫌な感じだけが膨らんでいきました。

言葉を変えたが、上手く行かない・・・

「抽象的なのがダメなら、具体的にしてみよう」そう思って、私はスモールステップを探しました。

「朝、時間通りに起きた俺はすごい」
「安全運転でここまで来た俺はすごい」
「頭痛でも頑張ってる俺はすごい」
・・・そのほかもいろいろ。

でも、全く響かなかった。それどころか逆に気が滅入ってきたんです。

これまで私の気持ちを高めてくれたアファメーション。それがなぜ、こんなにも効かないのか。しまいには嫌悪感まで抱いてしまうのか。

その結果、私の考えはこうでした。先ほど挙げた、具体的なアファメーション。これは「本当は具合が悪くて休みたいのに頑張っている俺、えらい」という構図になっているんです。つまり、【我慢を褒める言葉】になっていることに気が付きました。それは、自分に『もっと耐えろ』と鞭を打つのと同じなんです。

体調が悪いのをごまかすための行為を褒めたところで、心が納得するはずもありません。具体的であれば何でもいいわけではない。そのことに、私は「アファメーションなんかやっぱり気休めなのか」とさえ思いました。

視点を変えた

どうしようかなと思いながら、私は考えました。「俺は、何のためにこの体調不良に耐えて頑張ってるんだっけ?」

家族のため。生活のため。責任を果たすため・・・。

その時、一枚の写真が心に浮かんだんです。

夏の夜、手持ち花火をしながら、目を細めて穏やかに微笑む家族の姿。幸せで楽しい時間の中にいる妻や子供たちの表情。

「ああ、そうだ。俺はこの笑顔を守りたいんだ」

自分が今ここに立ち、踏ん張っているのは、単にお金や責任のためじゃない。妻が、子供たちが、こんな風に「幸せだな」と感じられる時間をたくさん作りたいんだ。

そこから私は「俺はすごい」という言葉を捨て、家族の名前そのものを、頭の中で繰り返し始めたんです。

痛みが消えなくても、心は晴れる

すると、出来すぎなような気もしますが、ほんとにこんなことが起きました。

頭の痛みは消えなかった。状況も変わらない。でも、気分が劇的に晴れたんです。

「守るべきもののために、今この場所にいる」という圧倒的な肯定感。

それは、例えるならさっきまで曇っていた空が気づいたら青空になっていたという感じでしょうか。心が軽くなったことで、固まっていた体を動かそうという気力が湧き、血流を良くするために手首足首を動かしたり、肩を回したりしたんです。

気が付けば、その日の終わりには体調不良だったことを思い出すこともなく、元気を取り戻していたんです。

それは、言葉の「正解」を求めたからではなく、「その時の自分に一番響く言葉」を選んだことが大きかったと考えています。

アファメーションに「柔軟さ」という進化を

この経験から、私のアファメーションに対する考え方を変えました。

「一つの言葉に縛られなくていい」

アファメーションとは、決まった呪文を唱え続ける修行ではありません。

「俺はすごい」と言い続けることが「目的」になってしまうと、それは単なる作業になります。その時々の自分の心に、最も深く突き刺さる「熱」を持った言葉を、柔軟に選んでいい。

一つのワードに縛られる必要なんて、どこにもなかったんです。言葉の正解を探すのではなく、その言葉を唱えたときに『心に火がともるか』を基準にするというわけです。

そして「これはもう単なる言葉を繰り返すだけのふわっとした自己啓発ではないな」と考えています。実践的なセルフコントロールスキルに進化できそうです。言葉によって感情を『受け流す』のではなく、自分の意志で現実を『操縦する』。そんな技術への進化です。そうすればもっと主体的に自分の人生をコントロールすることができるようになるんじゃないだろうか。

これについてはまた、次回の記事で掘り下げていきたいと思います。

PS
このことに気づいた私はこう思いました。
「やっぱり、おれすげぇ・・・」
ここで初期につぶやき続けた言葉が最高に効いてきましたよ(^^)/
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