「風、薫る」を見ながら気づいた、能面の心に、オカメの顔。繕うグリーフは、バレている。

「風、薫る」を見ながら気づいた、能面の心に、オカメの顔。繕うグリーフは、バレている。

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コラム
朝、湯呑みを片手にNHKの連続テレビ小説を見るのが、最近のワタシの日課になっています。

思えば、これは母がやっていたことだった。母は毎朝、決まった時間にテレビの前に座り、その日の放送を楽しみにしていた。あの頃のワタシは、隣でぼんやり眺めているだけの子どもだったのに、気づけば自分が、あの椅子に座る側になっている。ざっと45年以上も前の記憶💦
時間というのは、こんなふうに巡ってくるものなのかもしれない。



いま放送されている「風、薫る」は、明治という時代に、看護という仕事そのものがまだ理解されていなかった頃、二人の女性が看護婦として奮闘していく物語。

今朝の回で、まだ経験の浅い看護婦「りん」が、患者の死でグリーフに苛まれている真っ最中の話、タイトル「差し出せぬ手」が今週のあらまし。

患者の死でショックを受けているはずなのに、りんは黙々と仕事を続け、周囲に気づかれないよう、笑顔をつくり続けていた。
心の中では、大きく揺れているはずなのに、それを少しも表に出さないように。
能面のように静まりかえった心の上に、オカメのように和らいだ顔を貼りつけているとシマケンに言われ、そんな二重構造が、画面越しにもはっきりと伝わってきた。
追って、娘の環にも痛いところを突かれて、涙がこぼれそうになった瞬間、「お腹が痛い」と誤魔化す。
その場面を見ながら、私は思った。

悲しみを繕うという行為は、思っている以上に、まわりの人に見透かされているのではないか、と。

実際、心理学には「感情労働(エモーショナル・レイバー)」という言葉が存在しています。

1983年、社会学者ホックシールドが提唱した概念で、本当の感情を抑え込み、求められる表情や態度を外側に貼りつける働き方を指す。
特に看護の現場では、この「表面だけを繕う」やり方、サーフェス・アクティングが、燃え尽きや心の消耗と強く結びつくことが、繰り返し研究で示されています。

そしてもうひとつ、興味深いこととして、この「繕い」は、本人が思っているほど、周囲には隠せていないという指摘。家族、同僚や、そばにいる人には、案外気づかれている。ワタシたちが必死に貼りつけた笑顔は、思っているよりずっと透けている。

涙にも、ちゃんとした役目がある。

感情からあふれる涙には、ストレスホルモンが多く含まれていて、泣くことでそれが体の外に出ていく、という研究があります。
涙を流す間、体は自然と、興奮状態から落ち着いた状態へと切り替わっていく。
つまり涙は、感情の表れであると同時に、体そのものが持っている、回復のための仕組みでもあります。

「お腹が痛い」と嘘をついてまで涙を止めたあの瞬間、ドラマの彼女は感情だけでなく、体が本来やろうとしていた回復のプロセスまで、止めてしまっていたのかもしれない。と観察しながら、これは多くの人が意識していなくても無意識にやってしまっていることに、いろんな場面が次々と浮かんでくる。

同じようにワタシもやり過ごしてきた過去があって、その時の苦しみが手に取るように感じられたのかも。

以前ワタシは、「泣けなくても、悲しんでいる」という話を書きました。


それは今も変わらない。涙が出ないことは、悲しみが浅い証拠でも、弱さの証拠でもない。
ただ、今日伝えたいのは、その逆側にあること。
涙が出そうになった、その瞬間。それを、無理に止めなくてもいい。

涙の作用を知らないだけなのかも知れません。



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