人に何かあれば「励ましの言葉をかけなればならない」と言う正しさよりも「どんな言葉をかけたらいいのかわからない」そこに踏みとどまって、その己の感情を肯定できるといいですね。
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コラム
思考は一瞬にして、私が人に「何か・アドバイスをしてあげた」とあとで第三者にアピールできるようなものに繋げたがりますからね。
見返りを求めて。
そもそも「ありのままの自分を受け入れらず、自身の実力を示せない」のに、どや顔で他者に上から目線でその「己のキャラ設定に忠実に何かを伝えられる」と言うのは“元になった情報が真っ当である”と言うこと。
2025/02/23
https://coconala.com/blogs/2997019/533741
だから本人は。
引っ張ってきたその情報を、自身の思う(他者からこう思われたい理想)で作った己のキャラ設定に従った「文章作りに専念ができる」と言うこと。
言うならば。
ケーキのデコレーションだけしていて。
それを「立派に(自分のキャラクターで装飾)して」いる。
・・・
「ツインレイについて語れれば客がくる!(その実力が示せる)」——そんな幻想を抱いていないだろうか?
2025/03/09
https://coconala.com/blogs/2997019/539067
「ツインレイ達に上から目線で物申せなければ、私は幸せになれない」
「ツインレイ概念に依存して集客できないと占い師じゃない」
そう言うのは“概念への寄生”と呼べるのではないでしょうか。
...
結局、その占術に付いて述べたい訳じゃないんでしょうね。
まぁ。
“あれ”じゃぁ。
伝わらないでしょうね。
そのものを伝えたい訳じゃなくて。
「私がそれを伝えた」を、印象付けたい“だけ”ですから。
そう言うところだよ。