業界人は「私があなたの人生に革命を起こします」みたいな“結果をもたらす”ことに固執があって、己の実力では来るはずもないお客をその「運命を変えて」己を頼ってくるように誘導したがりますよね。
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つまり。
「見えるものでしか訴えられない」と言うことです。
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だから殊更に「ツインレイを肩書に使う」とか。
私は経験者(それを知っている)みたいな「地位を主張する」ような真似が必要になるんでしょうね。
また。
プロセスとか段階とかプログラムとか。(曰く)統合済みとか。
「己が先に進んでいる」ように説明できる“何か”を特別に必要とします。
殊更に早い・遅いを強調したり。
愛に差があるのかのように見せかけるのです。
そう言う「見た目に優位である」と示したがって。
己に肩書を並べたがる自分(見た目に優位であると示したい)から自由になった方がいいと思いますよ。
2024/09/30
https://coconala.com/blogs/2997019/476320
“己にありのまま”を愛してくれるのがツインレイです。
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私が、
“わたし”であれ。
殊更にツインレイを客に求めます。
「ツインレイ客を対応した」と言う実績や数で何かを示したがるのです。
それは「見える何か」に依存があるのです。
自分自身が、それでしか判断できない。と言うことです。
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だからそう言うのは、ツインソウルなんじゃないのかと。
ツインレイ...「何かの肩書があれば選ばれやすい」「何かの数字が多ければすごい」と差を付けられるのは三次元の地球上(見える世界)の話な訳で。“魂の上でのありのまま”は、違うのではなかろうかと。
2024/08/16
https://coconala.com/blogs/2997019/460634
だから「肩書が立派」「数字が多ければすごい」と見えるものがそのままツインレイに適応できる。と思っている時点で、なんかちょっと違うよなぁって。
「ツインレイ“魂の片割れ”」なのです。
論点はそこじゃないはずなのです。
魂は、何を捉えているのか。
心は何を、
知っているのか。