殊更に「他者の人生の伴走」をしたがる人は、己の“育ての親”との関係で「育ててやったんだぞ」みたいな部分に未解決を抱えていないか。

記事
コラム
すべてではありませんが。

ちょっと、偏っているよな。と感じることがあります。


己でも。
相手でもなく。

何か別のモノを見ているような。


“だから”そうなるんじゃないのかな。と思うと。

なんとなく繋がる気がします。




殊更に「他者の人生の伴走をしたがる人」って。本人が「これは誰かの意見を聞いた方がいいのかもしれないと考えた(そこまで受け入れられるようになった)ところ」から「私の手柄なんです」と主張したがりますよね。
2024/12/10
https://coconala.com/blogs/2997019/505020

「誰かに気付きを与えた私」と言うポジションに固執があるんでしょうね。


***

人は産まれながらにして。

誰かの手を借りないと生きていけません。
・・・
嘘を付いていた。と言うか。見た目に「地位」や「数」で示せるようなもの(見える結果)を「成功と呼んでいた」だけのような気もしますけどね。
2024/12/05
https://coconala.com/blogs/2997019/503341

心が観えていなかったからです。

#ツインレイ
サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す ココナラコンテンツマーケット ノウハウ記事・テンプレート・デザイン素材はこちら