「表裏一体」…人は表を隠したがるのか?

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コラム
お腹を表、背中を裏。と言う事は出来ます。

お腹は表から見えて、背中はうしろに見えるからです。
でも、そこに善と悪の区別はありません。どちらかを闇でどちらかを光と言う訳にはいきません。
それは人を形作るのに必要なのです。
表も裏もありますが、どちらかが欠けても人は人ではいられないのです。
そして、人間の身体は、見た目には左右対象にできています。


背中は自分では見えません。
鏡にでも映さないと。
でも、人からは丸見えです。
隠すことはできません。

そう言えば、腹黒い。とは言いますが、背黒い。とは言いませんね。
そう言う意味では、背中は隠すことができなくて、腹は隠せるのだろうか?
でも、自分からすれば表は腹です。裏は背中です。

人は表を隠したがるのだろうか?


表と裏。
善と悪。
光と闇。
と言いますが。
背中とお腹はいがみ合うことはできません。
役割が違うからです。


「表裏一体」とはなんだろうか?



***

話は変わりますが、昨日「理想に戻れるだろうか?」でこの曲についてあげました。
理想に戻れるだろうか?
溢れる感情に乗せて歌う
あるがままを受け入れて
悲しみ形変え 喜びを手に繋がる

私は「手放す」と言う言葉がどうにも嫌いだったのですが、これもなんだか繋がってしまったような気分です。


あるがままを受け入れて
悲しみ形変え 喜びを手に繋がる


実は、文面の区切りを入れようとして止めたのです。

あるがままを受け 入れて

と、歌っているのです。
メロディーの都合もあるんですけどね。
でも、ここに空白があってもな。と、繋げました。
まぁ、「受け入れて」でも同じっちゃ同じです。


「悲しみ形変え」
形を変える。
そして、「喜びを手に繋がる」

これは、
「形を変えた悲しみ=喜び」ではなく。
「形を変えた悲しみ≠喜び」のつもりでした。

「悲しみの形は変えられる」と、それが言いたかったのです。
そして、「喜びを手に繋がれる」と。

だから「手放す」とは、私は無縁でいられるのかもしれません。

この曲の解説を今になってこんなにすることになるなんて……。



その上のこれもあれですね。

喜び 怒り 哀しみ 楽しみ
平等に混ぜ合わせ

喜んで、
怒って、
悲しんで、
楽しんだらお得!←
この記事を平気で書いてしまえる根拠はここにあるのです。


私は歌が歌いたかっただけなのですが……。

歌うのは好きです。
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