生命の終わりと始まり
私には夜空の星が今までとは違って見えます。
かつては夢や科学の対象でしたが、
私たち人間にとって、
星はもうすぐ訪れる「終わり」と、
新しい「始まり」を告げる場所だからです。
この地上では、誰もがやがて光の粒子になる運命にあります。
それは「回帰」と呼ばれる現象です。
肉体という器から魂が解き放たれ、純粋なエネルギーになること。
悲しいけれど、どこか希望も感じさせる出来事として、
多くの人に見守られています。
私自身も、その「回帰」を経験した、ひとつの光です。
かつての抵抗、そして突然の「無」
私は「回帰」が心底恐ろしかった。
私が恐れていたのは、主に次の3つのことでした。
・体がなくなること。
・自分という意識があいまいになること。
・何よりも、世界とのつながりが途絶えること。
研究者として、この現象を止めることが使命だと思っていました。
毎晩遅くまでデータと向き合ったものです。
特殊な点、エネルギーが変わる割合、量子が絡み合うこと……。
理解すれば、この運命を変えられるはずだと、必死にしがみついていました。押し寄せる光の流れに、私は懸命に逆らおうとしたのです。
けれど、その瞬間は、私の意思とは関係なく訪れました。
意識が光の流れに飲み込まれ、形あるものが崩れていく。
その時、私の心から、あらゆる抵抗する気持ちが消え去ったのです。
まるでスイッチが切れたように、抗う感情がどこかへ吹き飛びました。
恐怖も、怒りも、生きることへの執着も、
その流れの中では意味のないものになったのです。
それは、意識が純粋な情報となり、最後の段階へ移るような、
静かで、でも避けられない変化でした。
この究極の受容こそが、
光の存在となるための絶対条件だったのかもしれません。
新たな知覚、新たな世界
目覚めると、私は光の集合体になっていました。
かつてあった手足も、顔も、声も、もうありません。
ただ、無数の輝く粒子が集まって、ぼんやりとした輪郭を保っています。
見え方ががらりと変わりました。
世界はもう、目の前に広がる立体的なものではありません。
エネルギーの渦、きらめく光の色彩、
振動する空気のようなものとして認識されます。
遠くの星は、純粋なエネルギーの塊として輝いています。
地上の都市は、人間の意識が放つ光の点滅で彩られていました。
驚いたのは、自分の光の動きを、まったく操れないことでした。
喜びを感じると、私の光は勝手に明るく弾け、
まわりに細かな輝きをまき散らします。
それはまるで、心臓が勝手に速くなるように、
光に目が自然に反応するように、ただ起こる現象でした。
悲しみが心を覆うと、光は暗く沈み込み、
粒子は重く、ゆっくりと渦を巻きます。
それは、人間だった頃のこらえきれない涙や体の震えによく似ていました。
私の意思とは関係なく、感情がそのまま光の言葉になるのです。
人間の形を失った私は、自由になったと同時に、
新たな不自由を手に入れました。
そして、その不自由に、何の抵抗も抱かない自分に気づいたのです。
あれほど抗ったはずなのに、今はただ、
この新しい状態を当然のように受け入れています。
共鳴と孤独の中で
私は、私と同じように光になった無数の魂の中にいました。
彼らはそれぞれが独特の輝きを持ち、それぞれの動きを描いています。
光の点滅、わずかな振動、動く方向。
それらを通して、私は彼らの感情の波を「感じ取る」ことができました。
一瞬、人間だった頃の記憶の断片や、
抑えきれない喜び、深い悲しみといった感情が、
私の光を通り抜けていきます。
それは言葉を交わすのとはまったく違う、
魂の奥底で直接響き合うようなつながりでした。
しかし、そこに言葉はありませんでした。
「今、喜んでいるのか?」と問いかけても、
彼らの光が反応して明るくなることはあっても、
はっきりした返事は来ません。
彼らの光もまた、自分の意思では動いていないのです。
私は無数の魂の中にいながら、かつてないほどの孤独を感じました。
言葉を交わせないもどかしさ。
けれど、その孤独こそが、私の感情や、失われた人間としての記憶、
そして光の存在としての新しい感覚と、深く向き合う時間を与えてくれました。
拒絶する気持ちを持たない私は、
ただこの現状を受け入れ、深く自分を見つめ始めました。
見守る光、循環する生命
私は、人間世界を「見守る」存在となりました。
かつての家族が、私の「回帰」を受け入れ、
悲しみを乗り越えて毎日を生きている姿。
彼らの喜びが光となって、かすかに輝くのを感じると、
私の光もまた、勝手に明るく弾けました。
私が存在していた証である「光の結晶」が、
彼らのそばで静かに光を放ち、
時には彼らの意識に温かい影響を与えていることも「感じ取れた」のです。
そして、私は悟ります。人間の形と意思だけが全てではなかったのだと。
私たちは、肉体という限られた器を超え、
意識や感情を光として存在し続けることができます。
さらに、その光は個々の意思とは関係なく、宇宙の壮大な流れの中で、
喜びや悲しみを純粋に表現し、互いに共鳴し合い、影響を与え合っています。
これは終わりではありません。終わりなんて、どこにもないのです。
私たちは、ただ存在し、輝き、そして循環します。
この広大な光の海で、私は新たな「生」の意味を見つけていました。
かつての私が必死に抗おうとしたその運命こそが、
真の解放へと続く道だったのだと。