「さすがプロですね」
「いろんな人に相談してきたけれど、あなたが一番よかったです」
ココナラで相談を受けるなかで、そんな言葉をいただくことがありました。
そして、相談が終わる頃には、
「気持ちがスッキリしました」
「話せて安心しました」
そんな声も。
実は、こうした出会いが、私の働き方・・・いや人生を大きく変えるきっかけになりました。
今回は、私がココナラを通して見つけた、自分らしい働き方についてお話しさせてください☺
精神科の病院で、約20年間働いていました
私は作業療法士という国家資格を持ち、精神科の病院で約20年間働いてきました。
精神疾患のある方や、認知症のある方と関わるなかで、たくさんのことを学びました。精神疾患があるがゆえのものはありつつも、
怒りを抑えられない人。
人間関係に悩み、仕事に行けなくなった人。
周囲とうまく関われず、自分を責めている人。
一見すると「困った人」に見える方も、実はその人自身が困っていることがあります。
だからこそ私は、その人の言動だけを見るのではなく、背景に何があるのか、その人がどんな環境で、どんな生活を送っているのかを考えることを大切にしてきました。というか、精神科治療ってそういうこと含めなのですが(笑)。
そして、安心できる環境や関わりがあれば、人は少しずつ自分らしさを取り戻していける。
そんな場面を、何度も目にしてきました。
一方で、病院で支援できることには限りもあります。
もっと早い段階で、入院に至る前に…サポートできることがあったのではないか。もっと身近な場所で、支えられることがあるのではないか。
そんな思いも、心のどこかにありました。
そんな私に、娘からのSOSが届きました
私は3人の娘を育てながら、フルタイムで働いていました。
仕事に家事に育児。ほぼワンオペ。
毎日やることに追われ、頭の中はいつも時間との戦い。
朝から、
「ホンマ早くして!」
「もう時間ないでっっ!」
怒鳴りつけながら、競り合うようになんとかギリギリ出かけ…
通勤しながら自己嫌悪・・
帰宅したら思い切りハグして笑顔で過ごそうと固く決意し帰宅。
学童保育のお迎えに間に合うようマッハで準備し車を走らせる。
それなのに、遊びを切り上げず待たされイライラ。
さらに帰宅しグチャグチャな家とダラダラした子に
瞬間湯沸かし器のようにカッとなる。
そんな毎日が続いていた。
そんなある日、学童から電話がかかってきました。
「お母さん、次女さんが……暴れています」
「え?次女がですか?すみません、1時間はかかります💦」
驚いて迎えに行くと、娘は棚の隅で小さくなり、頭を抱えて座っていました。
泣いているわけでも、怒っているわけでもない。
ただ、そこにうずくまっていたのです。
どうやら、どうにかして先生方が鎮めてくださったようでした。
小1の秋でした。
普段の娘は、手のかからない子でした。
穏やかで、周囲の空気を読み、先生から困りごとを指摘されることもほとんどありませんでした。
だから私は、娘がそこまで追い詰められていたことに、すぐには気づけませんでした。
呼び出しが数回続き、
その後、私は勤務時間を短くしました。
退職も考えつつ時短勤務を申し出てみたところ、辞めずにやっていく方法を
捻出しサポートしてくださった職場のみなさんには本当に感謝です。
収入は減りましたが、家族と向き合う時間を増やしたかったこと、私の余裕をつくることとしては、仕事を減らし帰宅時間を早めることが最優先でした。
夫が対応できないので私がなんとかするしかない!!
でも、収入が減るのもしんどいので、何か在宅でできることを探していて、
ココナラと出会いました♡
職場の昼休みに商品コンテンツを作り、プロフィールを整え、マッハ帰宅しては育児をして、家事をして、寝ない子どもたちと戦ってようやく自分の時間ができ、翌日の夜ご飯の下ごしらえをしながら電話待機する毎日。
ぼちぼち電話が鳴る頻度が増えました。
大学で勉強したこと、国家資格取得時に勉強したこと、仕事に就いて臨床経験を重ねながら学んだことなど、今持っているスキルと知識で十分対応できました。
「ありがとう」の言葉で1日の疲れが吹っ飛びました。
プライベートでも相談は受ける方でしたし、仕事も仕事なので、あぁ~私は本当に人の悩み相談に答えるのが趣味なんだ、と思ったものです(笑)
そんなこんなで3年経ったころ、一時は落ち着ついていた娘の学校への行き渋りが、次第に強くなっていきました。
「学校に行きたくない」
朝、起きられない娘を前に、私は何とか学校へ行かせようとしていました。
仕事に遅れてしまう。
また仕事を休まなければいけない。
患者さんやみんなに迷惑をかけてしまう。
どうしたら学校へ行ってくれるんだろう。
まともに会話もできず怯えたように布団をかぶったかと思えば
叫んだり唸ったり、タスマニアデビルみたいな猛獣の
取扱いに、こちらも力ずくで応戦。必死でした。
でも、あるとき気づいたのです。
私は、娘を学校へ行かせて仕事に行くことを優先し過ぎたあまり、娘の気持ちをないがしろにし、とんでもないことをしていたのではないか、と。
もちろん、仕事を続けることも大切です。
でも、このままでは娘との関係まで壊れてしまうかもしれない。
そう感じたとき、私は働き方を根本から見直す必要があると思いました。
ココナラで気づいた「私の経験は、誰かの役に立つ」
ココナラで相談を始めた頃、私が提供していたのは、精神的な悩みや人間関係についての相談でした。
今まで培ってきた知識や経験を、目の前の相談者さんに合わせて活かしていく。すると、うれしい言葉をいただくようになりました。
「さすがプロですね」
「いろんな人に相談してきたけれど、あなたが一番よかったです」
「モヤモヤしていたのがスッキリしました」
もちろん、相談者さん一人ひとりに悩みも背景も違います。
すべての悩みを解決できるわけではありません。
それでも、私との対話を通して気持ちが軽くなったり、安心できたりする方がいる。
その事実が、私にとって大きな自信になりました。
病院で働いていたときには、当たり前だと思っていた知識や経験。
それが、病院の外にいる方にも必要とされている。
私がこれまで学んできたこと、経験してきたことは、もっと広い場所で誰かの役に立てるのかもしれない。
そう思えるようになったのです。
ココナラで相談を重ねることは、単に仕事の経験を増やすことではありませんでした。自分が培ってきた専門性を、改めて信じられるようになる時間でもありました。
ココナラで得た自信が、次の一歩を支えてくれた
娘の行き渋りは悪化。メディア依存に繋がりました。
これでは一生後悔する。
働き方を変えよう。
ココナラ相談の件数も徐々に増えていき、たくさんの方のお話をうかがううちに、「入院する前に手を差し伸べたらもっと助けられる人がいるのではないか」という想いが強くなっていたことが、私の想い・行動を後押ししてくれました。
1度も転職することなく20年働いた精神科病院。
安心と安定を手放し、在宅にて「入院する前の人」をサポートすることに決めました。まさか私が起業するなんて、自分で言うのもおかしすぎますが、本当に青天の霹靂です。
娘のこと、家族のこと、これからの人生。
いろいろな思いが重なった結果です。
もし、ココナラで相談を続けていなかったら。
もし、自分の経験が誰かの役に立つという実感を得られていなかったら。
私は、病院を離れるという選択を、なかなか決断できなかったかもしれません。
もちろん、ココナラだけが決断の理由ではありません。
それでも、ココナラで出会った相談者さんたちの存在は、私の背中を押してくれました。
「私の経験は、病院の中だけで活かすものではない」
「もっと生活に近い場所で、人を支えることもできるはず」
ココナラを始めたときより強く信じられるようになっていたからです。
私は、病院を辞めて独立することを決めました。
目指したのは、ただ話を聞くだけでも、子育ての正解を教えるだけでもない支援です。
ママ自身の心を整えること。
家事や育児など、日々の生活を見直すこと。
子どもの特性や困りごとを理解すること。
夫婦関係や家族との関わり方を考えること。
心だけでも、暮らしだけでもなく、その人の生活全体を見ながら、一緒に整えていく。作業療法士として培ってきた視点を、家庭の中で活かしたい。
そうしてたどり着いたのが、「家庭作業療法士」として、ママを支える働き方でした。
今、私が届けたいのは「もっと頑張る方法」ではありません
私が支えたいのは、毎日一生懸命なのに、なぜかうまくいかないと感じているママたちです。
子どもにイライラしてしまう。
つい強い言葉をぶつけて、あとから自己嫌悪になる。
家族のために頑張っているのに、誰にもわかってもらえない気がする。
本当は、穏やかなママでいたい。
子どもの話を笑顔で聞きたい。
家族と安心して過ごしたい。
自分のことも、もう少し大切にしたい。
そんな願いを持っているのに、毎日の生活に追われて、心の余裕をなくしてしまう。そう、まさに以前の私のような。
そんなママに、私は伝え、一緒に心と環境の整理をしたいのです。
あなたがもっと頑張ればいい、という話ではありません。
頑張り続けることだけが、解決方法ではありません。
心の状態も、暮らしの仕組みも、家族との関わり方も。
少しずつ整えていくことで、今とは違う毎日が見えてくることがあります。
そして、まずはママ自身が、自分を責めることを少しお休みできたら。
その心の余裕は、子どもや家族との関係にも広がっていくかもしれません。
娘も私も、自分たちのペースを探している途中です
現在、娘は完全不登校からの五月雨登校を経て、今では朝から学校に通えるまでに回復しました。私が自分自身を見つめ直し、自分に対して家庭作業療法をしたからです。
在宅ワークのために、五月雨登校を経ることもできました。朝から行くか休むかの二択じゃなくなったし、送迎サポートもできるようになった。「給食前から行く」に対応できる時間と心のゆとり。
娘自身も以前より柔軟に考えられるようになり、「次はこうしてみよう」と考える姿も見られるようになりました。まだ少々修復中ですが、メディア依存もかなり落ち着いてきました。
もちろん、私が仕事を辞めたから、すべてがうまくいったという単純な話ではありません。
それでも、あの頃の私たちに必要だったのは、無理をして元の生活に戻ることだけではなく、家族に合った暮らし方を探すことだったのだと思います。
独立した今も、不安がないわけではありません。
収入のことだって、現実問題として大切です。
そんなタイミングで、長女が進学したいと言い出し、塾代のことを考えて頭を抱えることもあります。
「え、今なん!?」
と思うことも、正直あります(笑)。
それでも、私はこの選択を後悔していません。
病院で働いていた約20年間も、ココナラで相談を重ねてきた時間も、今の私につながっています。
ココナラがくれたのは、仕事だけではありませんでした
ココナラで出会った相談者さんたち。今では、のべ400名を超える方とのご縁をいただきました。驚くことに真夜中、最長6時間お話した方もいらっしゃいます(笑)
クライアントさんからいただいた言葉。
一緒に悩み、考えた時間。
「話してよかった」と感じてもらえた経験。
嬉しすぎる評価コメント。
その一つひとつが、自分の経験を信じる力になりました。
そして今、私は家庭作業療法士として、ママたちの心と暮らしを支える仕事をしています。
私の願いは、まず一人のママの心にゆとりが芽生え、自分を認め、少しずつ自分をゆるせるようになること。そのママの笑顔が家族に伝わり、子どもたちにとって安心安全な家庭という土台ができ、幸せの輪が広がっていくことです。
いつか、そんな小さな幸せの連鎖が、世界平和につながっていくと信じています。
あの日、娘のSOSに気づいたこと。
ココナラで、自分の経験を必要としてくれる人に出会えたこと。
どちらか一つだけでは、今の私はいなかったかもしれません。
ココナラは、私に相談の場をくれただけでなく、自分の経験を誰かのために活かせるという自信をくれました。
そして、私らしい働き方へ踏み出すための、大切な土台になってくれました。
これからも、目の前の一人のママと丁寧に向き合いながら、その先に広がる幸せの輪・幸せの連鎖を育てていきたいと思います。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。