昔の私は、ずっとこう思っていました。
「もっと強くならなければ。」
誰かに認められることで、自分がここにいていい理由になる。
そんなふうに感じていた気がします。
子どもの頃、あまり褒められた記憶がありません。
だからなのか、「認められること」をずっと求めていた気がします。
「役に立つこと」が、そのまま「自分の価値」になっていました。
社会人になってからは、リーダーやマネージャーを任されることが多くありました。
そんな中で出会ったのが、「サーバントリーダーシップ」という考え方です。
上に立って引っ張るのではなく、メンバーを支えるリーダー。
私はこの考え方が、とても好きでした。
でも、今振り返ると。
「支えること」と「何でも引き受けること」を、混同していたと思います。
みんなが楽になる。
みんなが喜んでくれる。
それが私の喜びでした。
頼まれたら断らない。
困っていたら先回りして動く。
自分のことは、いつも後回し。
それが「支える」ことだと、信じていました。
でも、それは支えることではなくて。
支え方を、間違えていたんだと思います。
だから、自分まで倒れてしまいました。
素手で支え続けた結果、私はHPゼロになりました。
その話は、前回書いた通りです。
最近、あるフィードバックをもらいました。
「あなたは、支える人が向いている。」
最初は、「もっと武器を持つ必要がある」と言われた気がしました。
私は、「もっと強みを磨かなければ」「もっと戦える力をつけなければ」と受け取ってしまい、少し苦しくなりました。
でも、しばらく考えているうちに、違う答えにたどり着きました。
私に必要だったのは、武器ではありませんでした。
盾でした。
盾は、攻撃するためのものではありません。
でも、ただ守るだけのものでもありません。
必要な時は、押し返すことができます。
境界線を示すことができます。
「ここまではできます。」
「ここから先はできません。」
そう伝えることも、盾の役割です。
盾を持っているから、安心して誰かの隣に立てる。
盾を持っているから、支えながら、自分も守ることができる。
強くなることを目指していた頃の私は、ずっと武器を探していました。
でも本当に足りなかったのは、自分を守るという発想そのものだったんです。
私は今でも、人を支えることが好きです。
それは変わりません。
きっとこれからも変わらないと思います。
でも、もう素手では支えません。
盾を持ちながら、これからも誰かの隣を歩いていこうと思います。
もし今、誰かのために頑張りすぎて、自分がすり減っている人がいたら。
もしかすると必要なのは、新しい武器ではなく、自分を守る盾なのかもしれません。
「ここまではできる。ここからはできない。」
それを言えることは、弱さじゃありません。
それは、自分も相手も大切にするための強さだと、私は思います。
今回はここまで。
疲れたら、また戻ってきてな。
ここは、人生のセーブポイントやからね。