そっと隣を見れば、そこには丸くなって寝ている猫。小さく上下するおなか。
規則正しく、ゆっくりと響く寝息。
その音に、まるで誘われるように、私の呼吸も自然と穏やかになる。
猫の寝息は、魔法のようだ。
それは人間の出すどんな音よりも静かで、どんな音楽よりも優しくて、どんな言葉よりも心をほぐしてくれる。
特別なことは何もしていない。ただ眠っているだけ。
でも、その「ただ」が、こんなにも心に染みるのはどうしてだろう。
その寝息に合わせて呼吸していると、次第に体の緊張がほぐれていくのがわかる。
肩の力が抜けて、眉間のしわが消えて、気づけばため息の代わりに深呼吸をしている。
副交感神経が働いている、なんて小難しい言葉で説明されることもあるけれど、そんな理屈よりもただ「心地いい」ことがすべてを物語っている。
そしてもうひとつ。
猫といえば――その「匂い」だ。
とくに日向ぼっこをしたあとの猫は、まさに反則級の可愛さと心地よさをまとっている。
柔らかくて、温かくて、太陽と毛の匂いがまじったような、ふんわりとした香り。
顔を近づけた瞬間、ふっと胸の奥がほどけるような気持ちになる。
おでこや首のあたりから漂うその匂いは、まるで陽だまりの中で安心して眠っていた時間の記憶のようだ。
なつかしくて、やさしくて、どこか切ない。
ポップコーンみたいな匂いがするって言われる肉球も、ついつい嗅いでしまう中毒性がある。
匂いは記憶と強く結びついている、なんて話をどこかで聞いたことがある。
きっと私は、猫の匂いと一緒に「安心」や「幸福」や「穏やかさ」を覚えているんだと思う。
だからまた、猫に顔をうずめたくなる。寝息を聞きたくなる。
猫は、言葉を話さない。
でも、語らずして伝わるものが、たしかにある。
呼吸で、匂いで、ぬくもりで、私の心をそっと包んでくれる存在。
たぶん私は、猫に「大丈夫だよ」と言ってもらっているのだ。
毎日、その静かな存在で。
今日もまた、猫は日向で丸くなって眠っている。
私はそっと隣に座り、同じリズムで息をする。深く、静かに、安心を吸い込むように。
何もないけれど、すべてがある。