プレスリーとアメリカ社会

プレスリーとアメリカ社会

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プレスリーの話を続けます。

プレスリーが生きた時代のアメリカ社会は暴力が蔓延していました。

たとえばこの時代にケネディ大統領、ケネディ上院議員、キング牧師が暗殺されています。

また、朝鮮戦争からベトナム戦争と戦争が続いていました。

こうした中、プレスリーは保守的な世間から厳しい批判を受けていたんですね。

プレスリーの作り出したスタイルが黒人音楽のブルースと白人音楽のカントリー&ウエスタンを融合させたものだったからです。

当時、黒人が聴く音楽は公序良俗に害するものと見なされており、白人が歌ったり、聞いたりするものではなかったのです。

ところで、プレスリーの有名な「ラバー・レッグ(rubber legs)」ダンスは、足が震えるのを止めることができなかったプレスリーが、脚を激しくくねらせることでごまかそうとしたのが始まりだとされています。

これが予想を遥かに越えて、観客、特に女性ファンに大受けしたわけですが、彼のダンス、そして歌の原点は、やはり黒人が集まる教会でのゴスペル礼拝(今でもテレビ等でときどき紹介されますね)でしょう

そのためにプレスリーは音楽で社会を汚染しているとまでいわれています。

テレビ局や保守的な団体、政治家は、プレスリーのパフォーマンスは猥褻と決めつけ、PTAや警察は公衆の前で歌うことを禁止しようとしました。

プレスリーはマスコミによって「骨盤プレスリー(Elvis the Pelvis」と揶揄されていましたが、有名なエド・サリバンショー出演時のエピソードを思い出します。

「エド・サリヴァン・ショー」は当時アメリカで大人気だったのですが(現在でも「アメリカで最も愛されたヴァラエティ番組の1つ」と評されています)、なんとプレスリーの上半身しか映さなかったのです。

下半身は卑猥だから。

それでも、当時のテレビ視聴者の3分の2以上である約6000万人がこの番組を視聴したとされています。

その後、プレスリーは兵役に就きますが(兵役中に母親が亡くなっています)、これで世間からの厳しい目がかなり緩んだようです。

プレスリーが普段のインタビューなんかでは丁寧で礼儀正しい態度を取っていたことも大きいでしょう。

上記の「エド・サリヴァン・ショー」のMC エド・サリヴァンも「プレスリーは本当に礼儀正しく、立派な青年だ」と発言しています。

その後、アメリカ社会は厭戦気分に満たされ、いわゆるフラワーチルドレンがラブアンドピースを主張するようになります。

そして、こうして社会は徐々に寛容になると共にロックもどんどん先鋭化し、プレスリーのパフォーマンスも特別に煽情的なものであるといわれなくなりました。

蛇足を書いておくと、プレスリーとジョン・レノンは仲が悪かったようです。

ビートルズと対面したプレスリーは、彼らの曲を目の前で歌い、そのあとで「君たちのレコードは全部持ってるよ」と言ったんですね。

なのにジョンは「僕はあなたのレコードは1枚も持ってないけどね」と発言。

さらにプレスリーのベトナム戦争肯定の姿勢、そして、彼のマンネリ気味の映画を痛烈に批判しました。

まあジョンらしいといえばいえますが、本人を前にしてあまりにも大人げない。

そのためプレスリーはポール・マッカートニーやジョージ・ハリソンの曲はカバーしていますが、ジョンの曲はまったく歌っていません。

話が逸れましたが、これで終わりにします。

では

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